ありがとう

「ねぇ、蒼ちゃん」
「ん?」
 いつもと同じように少女が呼ぶ。
 その声を合図に、視線を斜め下に向ける。
 日曜の昼さがり。
 二人は公園のベンチに座っていた。
 降ってくる太陽の光は、心地良い温かさを投げかける。
 そんな、過ごしやすい日だった。
「誕生日って誰のためにあると思う?」
 瞳をキラキラさせながら、少女が質問してきた。
 思わず笑ってしまいそうになり、蒼太は口元を手で隠す。
 かわいい、と思ってしまうのは自分が恋人だからなのだろうか。
「本人じゃないのか」
 ほんの少し考えてから、蒼太は答える。
 祝ってもらうのは本人だし、それで喜ぶのも本人だ。
 誕生日は、多少の我がままが通るのも事実だからきっと『本人』のためにある。
 蒼太はそう、思った。
「ぶー、残念でした」
 表情が言葉を裏切る。
 むしろ、嬉しそうに『残念』と少女は言いきった。
 その様子がおかしくて、思いきり噴き出しそうになる。
「実はね、周りの人のためにあるんだよ」
 満足そうに笑って、少女が答える。
 もったいぶって正解を小出しにする話し方。
 それはまるで、小さな子どもみたいで微笑ましかった。
「誕生日はね、お祝いするでしょ?」
「ああ、そうだな」
「生まれてきてくれてありがとうって、みんなで感謝する日なの。
 だからね、周りが感謝するためにある日だから、周りのためなんだよ!」
 満足そうに微笑んで、少女が声を発する。
 世界の常識なんだとでも言うように、ほんの少し自慢げに。
「五月らしいな」
 自然と口元がゆるんでしまう。
 大切な存在は、いつだって最高の言葉をくれる。
 だからこそ、こうして今、手をつないでいられるのだろう。
「そうかな?」
 小首を傾げる仕草すら、かわいいと思える。
 自分でも驚くくらい、五月は必要不可欠な存在になっていた。
「蒼ちゃん」
「ん?」

「お誕生日おめでとう!」

 心から嬉しそうに、今日見た中で一番の笑顔で少女は言う。
 ありがとう、と。
 ここにいてくれて嬉しい、と。
「……ありがとな」
 年甲斐もなく、胸がいっぱいになった。
 照れくさいのか、嬉しいのか。
 それとも泣きたいのか。
 自分でも分からない感情を抱えながら、そっと五月の髪を撫でる。
 一つだけ分かったのは、今自分がみっともない顔をしているだろうということだけだった。


 やはり誕生日は本人のためにあるのだろう。
 たくさんのプレゼントをもらえて、これ以上ないほどの幸せを味わえるんだから。
 そう、蒼太は密かに思ったのだった。


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