初雪

「初雪か……」
 ふ、と携帯の画面上方に流れたニュースをみて男は呟いた。
「え、雪!?」
 どれどれ、と嬉しそうな声を上げて少女が携帯を覗こうとする。
 苦笑しながらも、蒼太は五月に携帯ごと渡してやった。
「北海道だけどな。
 今年は例年よりも遅いんだってさ」
「そっか、北海道か。
 明日とかに雪が降るのかと思った」
 残念、とため息をつきながら携帯をこちらに返す。
 その姿に蒼太は目を細めた。
 かわいい、と思ったから。
「まだ早いだろ、11月だぞ」
「うん。でも、降ったら嬉しいでしょ?」
 無邪気に笑って同意を促す。
 少女の決め付けは、なぜか心地良い。
 嫌な感じがしないのは、どうしてだろうか?
「まぁ、少しならな。
 あんまり降りすぎると、仕事に支障出るし」
「蒼ちゃんは現実的だね」
「うーん、大人だからなぁ」
「そうだね」
 頷いた彼女の笑顔が少し寂しそうだった。
 その笑みに、胸がちくりと痛むのを蒼太は感じた。
 大人。
 そうだ、五月はまだ――。
「ねぇ蒼ちゃん」
「ん?」
 思考をさえぎるように少女が自分を呼ぶ。
 楽しそうにではなく。
 元気いっぱいではなく。
 ほんの少し悲しそうに。
 優しげな微笑で声を発する。
「雪ってキレイだと思う?」
「ああ、そう思うよ」
「本当?」
「一面の銀世界とか、風花とか。
 俺は綺麗だと思うけどな。
 ほら、雪が積もってまっさらなとこあるだろ?
 そこに足跡つけてくるのも楽しいし」
 余計なことまで足して、蒼太は五月相手に雪について語る。
 少しでいい。
 彼女が本気で笑えるきっかけになればいい。
 そう願いをこめて。
「最後の関係ないよ〜。
 蒼ちゃん面白い!」
 ぷっと吹き出して、彼女は盛大に笑い声を上げる。
 ほっと胸を撫で下ろし、蒼太も表情を緩ませる。
「そんなに笑うところか?」
「だって蒼ちゃん、子どもみたいなんだもん。
 大人だってさっき言ってたのに」
「そりゃあ、大人だって子どもの心は持ってるんだぞ。
 昔は子どもだったんだから」
 自分の胸辺りまでしかない少女。
 子どものように、邪気のない少女。
 無垢で純真で。
 くもりなど知らない瞳を持つ少女。
 それでも、あと数年で五月も大人になる。
 寂しいようで、悲しいような気もするけれど。
 必ずやってくる未来だから、避けることは出来ない。
 それでも、と蒼太は祈るような気持ちで想う。
 彼女の心が壊れないように。
 彼女の美しい心が残るようにと。
 大人になっても、子どもであったことを忘れないでほしい。
 ただ真っ直ぐに、前を向いて歩いて欲しい。
 蒼太は心の底から願わずにはいられなかった。
「そっか、そうだよね。うん!」
「どうした?」
「何でもない! ちょっとね」
 えへへ、と少女が笑みをこぼす。
 良くは分からないけれど、五月の中で何かが解決したらしい。
 満足そうな表情で、少女は笑っていた。
「お、もうこんな時間か。
 早くしないと映画始まっちゃうぞ」
「うそ、もうそんな時間!?
 じゃあ、早歩きで行こう!」
 ぐい、とつないでいた手が引かれる。
「ちょっと待てって、五月」
 こちらに構わず前に進もうとする少女に、蒼太は慌てて歩みを速めた。
「はーやくしないと置いてくよ!」
 楽しそうに、それこそ幼い子どものように。
 声を弾ませて五月が呼ぶ。
 これ以上ないくらいの、満面の笑みを浮かべて。
「分かった、分かった」
 半ばため息交じりに、蒼太は五月を追いかける。
 それでも、面倒だとか嫌だとかいう感情は生まれない。
 むしろ、楽しいと。
 一緒にいられるのが嬉しい、と思う。
 可愛らしい恋人の傍にいられることが、幸せだと思う。
 
「蒼ちゃん」

 振り返り、少女が名前を呼ぶ。
 どこか嬉しそうだと思うのは、うぬぼれなのだろうか?
「どうした?」
 問いかけると、五月は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「大好きだよ」

 ハッキリとした声が胸に届く。
 不覚にも、ドキッとしてしまった。
 鼓動が早くなっていく。
 不意打ちの告白は、心臓に悪い。
「ああ、俺もな」
 同意して、蒼太はごまかす。
 五月のように、気持ちを伝える勇気がなかったから。

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