天音の中央に位置する金華州に、一人の姫君がいた。
 州を統治する長の邸の一人娘。
 丹英華。
 その微笑みは花がひらく瞬間のようだと言われ、「花笑みの姫君」と称された。
 歳は十二を数え、いよいよ花婿の候補が集められる時期となった。
 父である州長は娘にたくさんの教師をつけた。
 若く、才のある者を未来の婿候補として。


「白眉の君?」
 少女が振り返り、侍女の方を見た。
「ええ。
 この辺りでは有名な方です。
 とても頭の良い方だそうですよ」
 長い髪を結い上げながら、侍女・花果は言う。
 花笑みの姫君と呼ばれる少女が十二になって幾月かが過ぎた。
 次期州長となるべく、つけられた教師はすでに十人を越えている。
 皆、この幼い姫君の婿になることを望んでいる。
 それがまた一人増えるのだ。
 花果は溜息をもらしそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。
「どんな人なのかしら? 気になるわ」
 鏡に向かう少女の声は、明るい。
 花果の仕える主は、向学心にあふれている。
 それ自体は良いことなのだけれど……。
 少女は理解しているのだろうか?
 彼らの中から一生を共にする相手が選ばれることを。
「そうですわね。
 さあ、支度が整いましたよ」
 簪をさし、動きやすいように髪をまとめる。
 やや行動的な少女が好む型だった。
「ありがとう!
 行ってくるわ」
 満面の笑みを浮かべて、少女は房を飛び出す。
「姫さま、お待ちください!」
 花果は、慌ててその背を追いかけた。

***

「あなたが白眉の君?」
 侍女を付き従えて入ってきた少女は、大きな瞳をきらきら輝かせていた。
 その表情は明らかに楽しそうだった。
「そう……、呼ばれることもありますね」
 白眉の君という言葉に一瞬ひっかかりを覚えたが、男は聞き流すことにした。
 嫌いな呼び方ではあるが、今目の前にいるのはこれから仕える人。
 多少のことは我慢しなくてはならない。
「予想していたのと全然違うわ」
 ふうと盛大な溜息をついて、少女が言う。
 突然の言葉に、鉛白は目を丸くした。
「はあ」
 思わず、少女をじっと見つめてしまう。
 自分は一体どんな風だと思われていたのだろうか?
「だって、みんなが『白眉の君』って言っていたから」
 予想が外れちゃたわ、と少女は呟く。
「どういう、意味でしょう?」
 彼女の立てていた予想が気になって、男は訊いた。
 あまりにも知性のない顔立ちをしている、ということだろうか。
 それとも……。
 鉛白は色々と仮説を立ててみる。
「眉、真っ白じゃあないでしょう?
 てっきり、もっとお年を召した方だと思っていたの」
 無邪気な笑みを浮かべた姫君に、男は呆気にとられた。
 『白眉』の由来を知らないのだろう。
 目の前の少女は、もっともなことだと言わんばかり。
 その様子が可笑しくて、鉛白は笑む。
 聞いていた通り幼い主が、可愛らしいと思った。
「それは申し訳ありませんでした」
「あら、謝らないで。
 白眉の君って呼んでいいのかしら」
 小首を傾げて訊いてきた少女に、きちんと礼をとる。
「姓は香、名は皓。
 字は鉛白と申します。
 どうぞお好きに、花笑みの姫君」
 挨拶をすませると、少女はにっこりと笑う。
「じゃあ、鉛白って呼ぶことにするわ!
 わたしのことは、英華と呼んでね」
 眩しい笑顔に、鉛白は目を細めた。
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