ハッピーホワイトデー♪

 バレンタインデーがチョコレート会社――某ロ○テ――の陰謀なら、ホワイトデーは間違いなく飴会社の陰謀である。
 だからホワイトデーのお返しは、キャンディー、マシュマロが正しい。
 実のところ、クッキーやチョコレートのお返しは邪道なのだ。



「香澄って変なところ、こだわるよね」
 友だちの奈津美が言った。
「えー、でもクッキーは邪道だよ」
「そんなこと考えるのは、香澄ぐらいなものよ。
 まあ、何にせよ。
 君の幸ちゃんは銀座プリンなんでしょ?」
 奈津美は意地悪に笑う。
「今年は違うのにして、ってお願いしたもん」
 わたしは言った。
 今日は12日の金曜日。
 放課後の教室は貸切状態。
 テスト期間中なのだ。
 当然といえば、当然の結果である。
 家庭研究部の二人は、せっせとパッチワークをしていた。
 4月の新入生歓迎会までにタペストリーを仕上げなければいけないので、今からちまちまと作っているのだ。
 ちなみにこの部は名のとおり、家庭科全般をやるので、調理、洗濯、裁縫、掃除も活動内容である。
「なあに?
 もしかして、桐生くんが欲しいぃ〜! とか?」
 奈津美は夢見る乙女のポーズをする。
「何で、幸ちゃんもらわなきゃいけないの?」
 きょとんとする。
「ええ!?
 香澄はいらないの?
 桐生くん、レベル高いじゃん。
 背高いし」
「あそこの家、全員背が高いんだよね。
 遺伝とは言え、ちょーうらやましい」
「頭いいし」
「幸ちゃん、無趣味だからね。
 暇つぶしに勉強してるんだよね。
 一日に三時間とか、勉強してるらしいよ。
 テレビでも見てればいいのにとか、思わない?」
「スポーツ万能だし」
「団体競技はからっきしだけど」
「なんて言うの?
 がっついていないって言うか、女の子に優しいんだけど、下心がないって言うか」
「女に期待してないんだって。
 幻想抱くだけ馬鹿馬鹿しい、ってこの前言ってたよ」
「……。
 ああ、これだから、幼なじみってヤツわ」
 奈津美は大げさにためいきをつく。
「私の夢、ぶっ壊さないでくれる?」
 ジロリと友人に睨まれる。
「だって、ホントの事よ」
「世の中には言って良いことと、言って悪いことがあるのよ。
 私の中の桐生くん像が、香澄によって木っ端微塵にされたわ」
 奈津美はしくしくと嘘泣きを始めた。
 私はほっといて、針を動かす。
 お菓子を作るのは好きだが、裁縫はあまり得意ではない。
 それもパッチワークは根気の要る作業だ。
 小さく布を切って、それをはぎ合わせる。
「親友が泣いてるんだから、慰めなさいよ」
 パッと顔を上げ、奈津美は宣言した。
「……。
 嘘でも?」
「小憎たらしいわね。
 やっぱり、幼なじみは違うわ。
 余裕かましちゃって。
 知らないわよ、桐生くん盗られても」
「幸ちゃん、物じゃないけど?」
「じゃなくて。
 横から、トンビに油揚げみたいにさぁ」
 奈津美が熱く語ろうとしていたとき。


   ガラッ


 教室のドアが無造作に開かれた。
 自分たちだけの貸切だと思っていただけに、びっくりする。
 今の話、聞かれちゃったかなぁ。
 別に変な話していたわけじゃないけど。
 開いたドアの方を見る。
 入ってきたのは男子生徒。
 同じのクラスの桐生敬幸。
 つまり、話題の人物で私の幼なじみ。
「香澄、帰んないのか?」
 幸ちゃんはかったるそうに言った。
 めんどくさがり屋な幸ちゃんはいつも、こんな感じだ。
「ん。
 もしかして、待っててくれたの?」
 私は針を針山に戻しながら、訊いた。
「まさか。
 図書館で勉強してたんだ」
「とか言って、居眠りしてたんでしょ」
「香澄ほどじゃないさ。
 忘れもんしたから、教室にきたら声が聞こえてきて、驚いた」
 幸ちゃんは自分の席の机から、ライトブルーのファイルを取り出す。
「帰るんだったら、送るけど?
 どうせ、隣だしな」
「えー、どうしようかなぁ」
 もうちょっと、やっていきたいところ。
 でも、一人で帰るのはつまらないし。
 奈津美は帰る方向が全然別だし。
「送ってもらえば?
 これは、片付けといてあげるよ」
 奈津美はにっこりと笑った。
 ……営業スマイル。
「え、でも」
「いいから、いいから」
 ニコニコと言う奈津美にはある種の迫力があった。
「後で、話聞かせてね」
 幸ちゃんに聞こえない声で、奈津美は言った。
 私は気圧されてうなずいた。
「行くぞ」
 幸ちゃんはファイルをカバンにしまうと歩き出す。
 私は慌てて、その後を追いかけた。


「ねー、幸ちゃん。
 14日って、何の日か知ってるよね」
 帰り道。
 ちょっと、不安になって確認する。
 お返しはきっちりもらいたい。
 たとえ、コージーコーナーの銀座プリン一個でも。
「遊園地の日」
 あっさり答えが返ってくる。
 ちーがーう!
 それも3月14日が記念日かもしれないけど、それじゃない。
「3月の第2日曜日は、行楽にぴったりだと日本遊園地協会が定めたんだ」
 博識な幸ちゃんは歩きながら教えてくれる。
「もう一つあるんですけど?」
 ちらりと幼なじみの顔を見上げる。
 幸ちゃんの横顔は少し考える。
「数学の日」
 と、答えた。
 ……。
「円周率の3.14にちなんだものだ。
 日本数学検定協会が制定した」
 トリビアだ。
 ……この雑学オタクめ!
「肝心なものをお忘れじゃありませんか?」
 睨んでいると、幸ちゃんはふっとこっちを見た。
 それから、意地悪く笑う。
「そんなにマシュマロが欲しいのか?」
「別に、マシュマロじゃなくてもいいもん」
「君からもらったチョコレートを僕の心でやさしく包んでお返しするよ。
 と言うわけで、マシュマロが正式なんだ。
 まあ、製菓会社の陰謀であることは間違いない」
 幸ちゃんは言った。
 ホントに何でも知っている。
 幸ちゃんに聞けば、わからないこと全部解決してしまうような気がする。
 ……気がするだけだけど。
「別に香澄様特製ザッハ・トルテが幸ちゃんごときの心で包めるとは思えないんだけど」
「まあな、胸焼けする代物だぞ、あのケーキ」
「一人で全部食べたの?」
「ケーキが食べて欲しそうにしてたからな」
「幸ちゃん、甘いものそんなに食べないもんね」
「だったら、最初から量を調節してくれ」
「レシピどおりに作ったら、あの大きさになったの!
 一人で全部食べるのが、悪いんでしょ!
 卑しん坊」
「香澄の作った新種の化学兵器が拡大汚染されないようにと思って、果敢に立ち向かった英雄に向って」
「何、それ!
 幸ちゃんの馬鹿!」
 せっかく、作ってあげたのに!
 頭に血が上る。
 私は家まで後数分だったこともあって、残りの距離を全力疾走する。
 もう、幸ちゃんなんか知らないんだからっ!!




To be continued

後編