星のある夜に

 凍えるように寒い日は、あなたのことを思い出す。
 大好きで大好きで、温かいあなたのことを。




「さむっ!」
 ぶるっと身震いをして、五月は呟いた。
 まだ、秋だというのに夜はすごく冷え込んでいた。
 アパートの2階の一室。
 星が見たくて、窓を開けてみた。
 入ってくる空気はひんやりとしていて、まるでもう冬になってしまったようだった。
「うう、寒いよー」
 文句を言いながらも、五月は空を見上げた。
「……わぁ」
 感嘆の声がもれる。
 空には無数の星。
 雲はなく、快晴の夜空。
 真っ暗なそこに輝く星と月。
 五月は、嬉しくなった。
「やっぱり、この季節は綺麗だなぁ〜」
 窓枠に頬杖をついて、じっと見つめる。


 五月は、この空が大好きだった。
 星空の中でも、秋や冬の空が一番。
 空気が澄んでいて、空が高いところにあるような気がするから。
「外、出てみようかな?」
 ふと、五月は思った。
 ここでは、どうしても街灯の明かりが邪魔になってしまう。
 もっと、暗いところで見たい。
 そう思った。
「危ないぞ、一人で行くのは」
 突然、階下から声が聞こえた。
「そ、蒼ちゃん!?」
 驚いて、五月はとんでもない声を上げてしまった。
 間違えるはずもない、大好きな人の声。
 じっと下を見ると、やっぱり彼の姿。
 心臓がドキッとした。
「ち、ちょっと待って!
 今そっち行くね!」
 ばたばたと窓を閉めたり、上着をはおったりして、五月は家を出る。
 階段を急いで駆け下り、蒼太のところまで走る。
 幻じゃないかなって思ったから、五月は慌てていた。

 だって、こんな時間に突然蒼ちゃんが来るなんて。

 連絡もなしに、蒼太が来ることは初めてだった。
 何かしらメールがあったり、電話があるし。
 いつもは、何日も前から約束をしたりしてる。
 なのに、どうして……?
 五月は困惑しながらも、蒼太の元に駆け寄った。

「蒼ちゃん!」

 呼びかけると、声が返ってきた。
「よっ、びっくりしたか?」
 笑ってみせる彼は、幻なんかじゃなかった。
「本物だ……。
 足もついてるし!」
 嬉しくなって、五月は変なことを口走った。
「あのな、今時の幽霊は足もあるんだぞ?」
 はははっと笑って、蒼太が言った。
「そうなんだ。
 でも、どうしたの急に?」
 首を傾げて、五月は問いかけた。

「!」

 瞬間、強い力に引っ張られた。
 ぽすっという音がしたような気がした。
 気がついたら、蒼太の腕の中にすっぽりと納まっていた。
「そ、蒼ちゃん!?」
 びっくりして、思わず叫んでしまった。
 心臓がバクバクし始めた。
 温もりが伝わってきて、ドキドキしっぱなしだ。
「ごめん、ちょっと逢いたくなった……」
 ぽつりと蒼太が呟いた。
 いつもよりも低い声に、心臓は跳ね上がる。

 何て言えばいいのか分からない。

 五月は困惑しながらも、蒼太の体に手を回した。
 ぎゅっと、自分なりに精一杯蒼太を抱きしめる。
 体格差があるから、どうしても抱きつく形になってしまうけれど。
 それでも、寂しそうな、苦しそうな彼を慰めたかった。
 だから、五月は力を込めた。

「ありがとな」
 ぽん、と頭に手が置かれる。
 いつもみたいに、優しい優しい大きな手が。
「ううん、大丈夫?」
 顔を見上げると、やっぱり辛そうな表情。
「ああ、五月から元気もらったから」
 蒼太が笑った。
 普段と同じ笑顔で。
「そっか、良かった」
 五月も満足そうに笑ってみせた。
 自分でも、彼の役にたつことは出来たみたいだ。
「で、これから星でも見に行くか?」

「え?」
 突然の申し出に、五月は驚いた。
「さっき、外行きたいって言ってただろ?
 どうせ星を見に行こうとして」
 ふっと笑って、蒼太が言う。
「すごい、どうして分かったの!?」
 それしか言ってなかったのに、と五月は呟く。
「お前のことだからな」
 にこっと笑った彼に、また心臓が跳ねる。
「あ、待って!
 おうちの鍵閉めてないの。
 ちょっとだけ、ちょっとだけ待っててね!」
 何度も念押しをして、五月は蒼太から離れた。
 途端、寒さが身にしみてぶるっと身震いをした。

 ぱさ。

 効果音と共に、肩に何かがのった。
「ありがとう、蒼ちゃん」
 掛けられた上着は、ほんの少し蒼太の匂いがした。
「早く行ってこないと、行っちゃうぞ」
「だ、だめ!
 すぐ行ってくるから!」
 五月は、ばたばたと自分の部屋に向かっていった。



 星降る夜にあなたと二人。
 そっと肩を寄せ合って、温もりを確かめ合おう。
 私がここにいることを。
 あなたがここにいることを。
 大好きだということを――。


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