13.背伸び



 危なげに、つま先立ちで歩くのは村上さんちの燈子ちゃん。
 灰色の道路に真っ直ぐと引かれた白線――路側帯をなぞるように、その上を歩く。
 気分はバレリーナか、妖精か。
 その隣には、いつものお隣さんの姿はなかった。
 もし、あの少年がいたら、すぐさまこんなことは、やめさせただろう。
 いくらここが田舎で、車が少ない時間帯とはいえ、少女はフラフラと危なっかしかった。
 たまたま、通り過ぎの知人がそれを注意するのは、当然の成り行きだった。

「燈子ちゃん、危ないよ」
 そう声をかけたのは、少女の通う高校の生徒会長。
 サラサラとした前髪に思わずふれてみたくなる、と評判の優しげな顔立ちの青年だ。
「あ、寺島先輩。
 こんにちは」
 燈子は丁寧に頭を下げた。
 さすがに、燈子のかかとは地面についた。
「こんにちは。
 一人なんて、珍しい。
 どうしたんだい?」
 寺島光治は、微笑んだ。
 燈子もニコッと笑う。
 少女は良く笑う。
 ……誰にでも。
 幼なじみの少年がこの場にいたら、難しい顔をしただろう。
「送っていくよ。
 山上(やまのうえ:地名)は、危ない。
 街灯が少ないし、最近は良くない話も聞く」
 親切に光治は言った。
 下心はない、全くない。
 本当にこの少女は危なっかしいのだ。
 それに、あの少年がオマケでついてくると思うと、空恐ろしい。
「ありがとうございます」
 また、ペコリと燈子は頭を下げた。
 二人は並んで、道を歩く。
 今度はちゃんと白線の中を。


「宗一郎が、君を一人にするなんて……。
 学校には来ていたみたいだけど、ケンカでもしたのかな?」
 光治は尋ねた。
 燈子はフルフルと思いっきり首を横に振る。
「じゃあ、どうして一人なんだい?」
「宗ちゃんは、ご用事があるって言ってました」
 燈子は元気良く答える。
「……。
 夜道は危険だ。
 お友だちと一緒に帰った方が安全だよ」
 光治は注意を与える。
「どうして、危険なんですか?」
 燈子はきょとんとする。
「最近、良くない事件が多い。
 燈子ちゃんみたいに可愛いと誘拐されてしまうかもしれない。
 それに、山上には、人外の生き物がいるって、迷信があるからね」
「迷信じゃありません」
 燈子は断言した。
「……。
 燈子ちゃん、この場合はいないって言うものだよ」
 光治はためいきをついた。
「どうしてですか?」
「近頃は、そういった類の生き物は認められていないからね」
「寺島先輩のおうち、神社なのに?」
「嘘も方便。
 神様も認めてくれるさ」
 光治は苦笑する。
「そう言うものなんですか?」
 燈子にピンとこないらしい。
 不思議そうに背の高い先輩を見上げている。
「そう言うものだよ。
 それで、さっきはどうしてつま先立ちしていたの?」
「ああ、あれは……」
 燈子は立ち止まる。
 それから、嬉しそうに微笑んだ。

「燈子」

 山上の方から、背の高い少年が下りてくる。
 しなやかで瑞々しい若木のような印象の少年が走ってくる。

「寺島先輩、サヨウナラ!」
 走り出す燈子に
「まだ、質問に答えてもらってないんだけど」
 光治はやや強引に引き止める。
 この少女の忘れっぽさは、右に出る者はいない。
 明日では、きっと忘れてしまうだろう。

「あれは宗ちゃんがいなかったから!
 宗ちゃんは、とーこのお空だから!
 ちょっとでも、近くにいたかったの!
 だから、背伸びをしたの!」
 叫ぶように燈子は言うと、宗一朗の元に走る。

「ずいぶん、熱いことで」
 光治は呆れたように笑う。
 小さく手を振ると、迎えに来た少年が律儀に頭を下げた。
 それに笑顔で応えると、光治は坂を下り始めた。
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