15.こんぺいとう



 とーこ、16歳の冬。
 宗ちゃんが寝込んだ。
 カゼひいちゃって、お熱があるんだって。
 だから、宗ちゃんといっしょにいられない。
 もう、……3日目。


「燈子、ご飯を食べなさい!」
 お母さんが怒った。
 目の前には、ガラスの器の中、ウサギさんリンゴ。
「あなたが食べないと、お母さん、早与子さんに怒られちゃうの!
 何が気に入らないの!」
 お母さんが怒鳴る。
「……ごめんなさい」
 とーこは、ひざを見る。
 お母さんの視線がこわい。
「食べないと、また倒れるでしょ!
 ただでさえ、食が細いのに……」
 お母さん、……泣いちゃった。
「……ごめんなさい」
 とーこはもう一度、あやまる。
「お願い、一口で良いから。
 食べて」
 お母さんが言う。
 でも、とーこはごはん、いらないの。
 のどに通らないの。
 悲しくなって、涙が出てきそうです。
「宗一郎さんに会えないのが、そんなに辛いのか?」
 お父さんの声。
 とーこは、顔を上げた。
 優しいお父さんは、ちょっとだけ宗ちゃんに似てます。
 とーこは、正直にうなずきました。
「燈子は本当に、宗一郎さんのことが好きなんだね」
 お父さんは、寂しげに微笑みました。
「うん」
「そうかぁ。
 ちょっと良いことがあるぞ」
 お父さんは言う。
「良いこと!?」
「燈子がご飯を食べたらね」
 お父さんがウサギさんリンゴを指す。
 とーこは銀のヒメフォークで、ウサギさんさした。
 そして、一口、リンゴを食べた。
「燈子はご飯、食べられるな。
 恵子さん、そんなに落ち込まなくても」
 お父さんがお母さんの肩を優しく抱く。
 お母さんはしくしくと泣いていた。
 とーこは、シャリシャリとウサギさんを食べる。
「昼すぎに、お見舞いに来ても良いって。
 もう、咳が落ち着いたんだって」
 お父さんは言った。
「ホント?」
 とーこはびっくりした。
「とーこ、お見舞いに行く!」
「ご飯を食べたらね」
 お父さんは微笑んだ。
 その笑い方が、宗ちゃんと同じで、燈子は嬉しくなった。

 お母さんに連れられて、本家に行く。
 お庭をずっと歩いていくだけなんだけど。
 とーこは、庭の花々に気を取られながら、お母さんに手を引かれて、進む。
 玄関の前に立っているおじいさん、守安さんがとーこたちに気がついて、頭を下げる。
 それから、戸を開く。
 とーこたちはそこを通り、本家でも奥の方の部屋に向う。
 歩く途中で会うお手伝いさんは、みんな頭をペコリと下げてくれる。
 むかしから、そうなのだ。
 とーこには、ちょっとした不思議だった。
「恵子さまは、こちらまでで」
 ふすまの前にいた女の人が言った。
 お母さんはちょっと怒っているようだった。
「燈子さま。
 このままお進みください」
 女の人は、頭を下げたまま言った。
 燈子は進んで良いと言われたので、行きました。


 宗ちゃん、です!
 3日ぶりの、宗ちゃんです!
 感激のあまり叫んじゃうところでしたが、宗ちゃんが病気なことを知っていたので、とーこは叫びませんでした。
 障子越しの光だけが灯りの、薄暗がりのお部屋で、宗ちゃんは眠っていました。
 姿を見るだけ。
 眠っているのを起こしてはいけない。
 それが、お父さんが言ったこと。
 言いつけは守らないといけない。
 とーこは、良い子です。
 だから、
 とーこは宗ちゃんの枕元に、小さな包みをおいた。


 カゼをひいたときは、甘い物♪
 とーこは、オレンジと空色のこんぺいとうを紙に包んだ。
 キレイな紙にちゃんと包んだの。
 明日は、宗ちゃん、元気になるかなぁ?
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