6.雫



 月の雫(しずく)が 星になるなら
 陽の沈く(しずく)は 何になる?



「今日、貸そうと思っていた本を家に置いてきてしまったんだ」
 すまなそうに言われたから、鈍い宗一郎は
「気になさらず。
 明日の楽しみにしておきます」
 と、型どおりに言った。
 寺島光治は分からず屋の後輩の腕を強引につかむと
「いや、すぐ読んで欲しい本なんだよ。
 悪いけど、家に来てくれないかな?」
 と、言って、宗一郎の家と反対方向のバスに乗り込んだ。


 寺島家は、川上(かわのうえ:地名)に境内の一角にある。
 祀る神は、月読尊(つくよみのみこと)。
 石造りの鳥居をくぐると変な気分になる、と宗一郎は思う。
「最近、燈子ちゃんと疎遠なんだって?」
 光治は、鳥居をくぐると切り出した。
「はい」
 隠すことでもないので、宗一郎はうなずいた。
 あまりに正直な答えに光治も当惑したようで、空を見上げたり、地面を見たりする。
「……それで、良いのかな?」
 それから、光治は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと息を吐き出して、困ったように笑った。
「仕方がありません」
 事実なので、宗一郎はそう答えた。
「心情的に……。
 見ていて痛々しいんだよ」
 光治はためいきをついた。
「申し訳ありません」
 宗一郎は頭を下げた。
「あー。
 謝罪して欲しいわけじゃないんだけどね。
 そう、何とかならないか。と周りは思うわけなんだよ」
 光治は柔和な笑顔を見せる。
「……何とかなるような問題なのですか?」
 生真面目な少年は驚いたように問う。
「山上のことを川上が口を出すのもアレだけど。
 燈子ちゃんが寂しそうにしてるのを見るとかわいそうで。
 同情心と言うものだよ。
 妹みたいな感じがするからね。
 宗一郎は、弟分だ。
 だから、力になりたいんだよ。
 わかるかい?」
 光治は微笑んだ。
「ありがとうございます」
 宗一郎は心から頭を下げた。
「いや、ただのお節介だからね。
 山上の跡取りを連れてきたとバレたら、周りも少し騒がしくなるけど、それはそれで面白そうだから。
 人生は少しぐらい波乱がある方が、味わいがあるからね」
 光治は穏やかに言った。




 月が沈んでも 空には 星があるけれど
 陽が沈んだら 空には 何もない
 本当に 空っぽに なってしまう
 だから 陽の雫は 何もない
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