私はもう嘘をつかれるのに、疲れたのよ
「灯影君は嘘ばっかり!」
 春晏は叫んだ。
 ぎょっとした顔をして、通行人まで足を止めたが、少女は気にしない。
「もう信じないんだからっ!」
 悔しくて仕方がない。
 いつも、いつも、嘘ばかりつかれて。
 本当のことは、何一つも言わない二つ年下の男の子。
「春」
 灯影はめずらしく真剣な表情をした。
 無関心に近い微笑ではなく、無表情に近い真摯な面持ちで
「何度、言ったら、信じてもらえる?
 春が信じるまで俺は、何度でも言うよ。
 あと何回、必要?」
 少年は言った。
「え?」
「百回言えば、信じてくれる?
 千回言えば、信じてくれる?
 それとも、一万回言えば、春は信じてくれる?
 春が必要だって、言う数だけ。
 俺は言うよ」
 灯影は断言した。
「何回って言われたって」
 春晏はうつむき、唇をかむ。
 本当に欲しいものは、回数なんかじゃない。

 信じられないのだ。

 何もかもが嘘で固められているから、信じられない。
 岡崎灯影という人間は、ひどく歪な形をしている。
 他人を『優しく』欺くのだ。
 人当たりは良い。
 それは、他者に無関心だからだ。
 決して深入りをしない。
 親身になっているように見せかけて、まったく気にしていない。
 ……それだけなら、春晏だって。
 少しは気になるけれど、そういうタイプの人間がいることを知っているから、口に出して、責めたりはしない。
 違う。
 岡崎灯影は『本当の自分』というのをさらけ出したりしないのだ。
 悲しんでいる振り、困った振り、怒った振り。
 それ以外は……微笑んでいる!
 だから、春晏は信じられない。
 いつまでたっても慣れない。
 欲しいのは、口当たりの良い甘い言葉ではない。
 時に傷つけあうこともあるだろう、苦く強い感情なのだ。
「灯影君の言葉が信じられない」
 春晏は言った。
「俺は春に嘘をついたことはないよ」
「でも。
 本当のことも言ってくれないじゃない」
 少女は顔を上げた。
 二つも年下だが、成長期の終盤にいる少年だ。
 頭一つ分以上、背が高い。
「俺が春を好きだって、気持ちは本当だよ」
 灯影は微笑んだ。
「そう」
 春晏は悲しい気分になった。
 どうして、こんなときに彼は微笑むんだろう。
「でも、私はもう嘘をつかれるのに、疲れたのよ」
 少女は手の平に、指を握りこむ。
 灯影が、本当に綺麗な笑顔で言うから、悲しくなる。
 特別にはなれないんだ、と思い知らされる。
 その他大勢なんだ、と。
 教えられるのに、心がくたびれてしまった。
 ふいに、少年は楽しそうに笑った。
「俺は春を諦めないから」
 そして、宣言した。

 道行く人たちのように、少女もまたぎょっとした顔をする。
 少年ひとりが、ニコニコと笑っていた。
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