一番、好きになる
「クリスマスは大好きだよ」
二つ年下の少年が隣りで笑った。
街のイルミネーションに溶けていくような、綺麗な作り笑いで言った。
「嘘じゃないよ、シュン」
灯影は付け足す。
「本当に?」
春晏は立ち止まる。
二つ年下の少年は背が高く、目を合わせるのにも一苦労。
首が痛くなるほど、見上げなければならない。
「うん」
秀麗な顔立ちを崩すように、笑う。
「大好きだよ」
灯影は腰を折り、春晏と目線の高さを合わせる。
少年は少女の手をそっと握る。
赤紫色に変色してしまった指が恥ずかしくって、春晏は思わず手を振り払おうとしたが……、思ったよりも力が強かった。
『なかよし、なかよし』と小さい子たちがつないだ手を振るように。
灯影と春晏のつないだ手が揺れる。
「今年のクリスマスは、一番好きになるよ」
「気が早いわね」
「だって、シュンと一緒だからね」
少年は視線を落とす。
冷たいレンガ道へと。
さらりと流れた前髪で表情に影が落ちる。
「だから、今年のクリスマスは大好きだよ」
どうしようもなく嘘つきで、寂しがり屋の少年は言った。
今年のクリスマスは大好きだ。
以前のクリスマスは大好きじゃなかった。
春晏は手を握り返す。
少女は少年の抱える闇にふれた。
誰にも癒すことのできない、深い孤独。
その残像は冷たくて、春晏の心まで凍りつきそうだった。
「クリスマスだからって特別なことはしないわよ」
少女は言った。
「うん」
「遊園地にも行かないし、高いお店に食べに行ったりもしないのよ」
「シュンは、奥ゆかしいからね」
「夜景が綺麗で有名な名所にも行かないし、クリスチャンじゃないから礼拝堂も行かないんだから」
「約束したからね。
派手なことはしないって」
「そうよ。
それでも、今年のクリスマスは一番なの?」
春晏は尋ねた。
「特別だよ」
「どこが?」
「特別だよ」
灯影はもう一度、呟く。
言葉をかみしめるように、大切なものを守るように。
そっと……そっと言う。
「シュンがいるから」
澄んだ眼差しに、少女は息を止めた。
見つめられてドキドキしたからじゃない。
すぐ傍に顔があって驚いたからじゃない。
甘い言葉が恥ずかしかったからじゃない。
涙が零れそうになったから、春晏は息ができなくなった。
「キスしてもいい?」
いつも確認なんてしないくせに。
二つ年下の恋人は尋ねる。
「嘘つき」
春晏は言った。
涙がポロリと落ちた。
卑怯な武器のような気がするから、自分の涙は好きじゃない。
「キスしたい気持ちは、嘘じゃないよ」
灯影は空いているほうの手で、ハンカチを取り出す。
きちんと糊の利いたハンカチは、女の子とは違うコロンの香りがする。
「シュン、泣かないで」
少年は少女の頬に流れた雫を拭う。
「もっと早く出会えれば良かったのに」
春晏はハンカチを受け取り、呟いた。
一度流れ始めた涙は、なかなか止まらない。
ハーブに良く似た香りは、鎮静作用があるのだろうか。
落ち着く。
「それは俺の台詞だよ。
何て言っても、二コ下だし。
シュンと同い年に生まれたかった、って思うよ。
そうしたら、たくさんのシュンが見られただろうし」
「もっと早く出会っていたら、灯影君はクリスマスが嫌いにならなかったでしょ」
少女は言った。
灯影は大きく息を吸いこんで、それからゆっくりと吐き出した。
「シュンは優しいね」
少年は微かに笑った。
「俺のために泣かなくっても、良いのに」
「いつだって、灯影君は嘘つきで、隠し事ばかりしている。
本当は、今年のクリスマスだって、好きじゃないんでしょう」
春晏は問う。
少年は苦い笑みを浮かべた。
笑う癖がついているから、笑顔でしか表現できないのだ。
悲しみも、苦しみも、怒りも、困惑も。
「好きになれるよ。
それも、一番好きになる」
灯影は微笑んだまま言った。
「クリスマスでも?」
「シュンはクリスマスが嫌い?」
少年の質問に、少女は首を横に振る。
「じゃあ、大丈夫。
シュンの好きなものは、みんな好きになる。
これまでもそうだったんだから、これからもそうだよ」
灯影は断言した。
それが全ての答えだった。
だから、春晏はとても悲しくなった。
どうして、もっと早く出会えなかったんだろう、と。
どうして、もっと早く気がついてあげられなかったんだろう、と。
無力であるという事実が、胸を鈍くえぐる。
「今年はクリスマスを楽しもう、シュン」
灯影は明るく笑う。
そして、つないだ手に力をこめる。
歩き出した少年の隣りに追いつくのは、身長差もあって春晏には努力が必要なことだった。
慌てて、少女は足を動かす。
肩越しに見えた少年の横顔は、すっかり上機嫌だ。
どこまでが演技なのか、わからない。
それでも、イルミネーションの下で溶けていかないから、それは本物に近いのだろう。
春晏は、その先にある空を見上げた。
星影がまばらな暗い夜。
雪はきっと降らない。
だから、だから……こうして、24日の夜も二人で歩いているはずだ。
特別な夜に。
大好きなクリスマスになるように。
春晏は、そっと神様にお祈りした。
キリスト教でも、仏教でも、神道でも、なく。
どこかにいる、自分たちを見守ってくれている神様に願った。