粉糖に焦がれる
 黄昏の君さまは誰にでも人当たりがいい。
 温厚で、成績も優秀、運動もできて、料理もお手の物ときた。
 畠山代議士の長男で生徒会役員でもある。
 憧れる乙女たちは多い。
 たとえ一夜の夢だとしても、叶えてくれる。
 そんな彼に四恩好貴は苛立ちを覚える。
 気がつけば口論になってしまう。
 誰にでも優しいというのは、誰も特別にはなれないということと同義だからかもしれない。
 分け隔てなく振りまかれる優しさは、パンケーキの上に乗った粉糖のようだ。
 綺麗で甘い。
 そして、儚い。
 一度覚えてしまえば忘れがたい。
 でも二度目はない。
 順番待ちの列は長く、並んだとしても遥か遠い先。
 そんな優しさなら、最初からない方がマシだ。
 憧れる女の子たちが気の毒でしょうがない。
 だから、好貴は苛立ちをぶつけてしまうのかもしれない。
 可愛い女の子でいたいのに、キツイことを言ってしまう。
 彼から見たら、自分は目障りなハエだろう。
 煩いくせに、近くをまとわりつく。
 誰もが欲しがる甘い粉糖を狙っている。
 いつからだろう。
 最初は夜来先輩をかばう彼が気に入らなかった。
 複数の女の子を食い物にして、憎まれない。
 そんな生徒副会長が、従妹のティエンを狙っている。
 恋に恋する少女が毒牙にかかるのは忍びなかった。
 だからできるだけ接触を減らしたい。
 盾になるつもりで、夜来先輩とティエンの間に割って入った。
 一つ年上の先輩は着実にティエンを手に入れようとしていた。
 それにティエンもなびくようになってしまった。
 楽瑠は「本気の恋心は止められないものだよ」と言う。
 夜来先輩と同類の彼の言葉は信じられなかった。
 どうしてかばうのか。
 それが疑問だった。
 楽瑠は自分にだけ冷たい。
 好貴は甘い粉糖にありつけない。
 分かっているつもりだった。
 でも、気がついていなかった。
 時間は降り積もる。
 重なっていく時間の中で、彼の孤独を知る。
 光が差さない夜闇のような寒さを知る。
 知ってしまったからには、戻れない。
 黄昏の君さまが夕焼けの情景の中で、欲しているもの。
 心の底から願っているもの。
 欠けたところのない愛情。
 一夜の夢ではなく、永久に続く現実。
 パンケーキの上に振りかかる粉糖目当てのハエには与えられないものだった。
 それを思い知らされ、好貴は衝撃を覚えた。
 いつの間にか、心の中の専有面積が広がっていることに。
 誰よりも気にかかる存在になっていることに。
 でも、きっとこれは『恋』なんて可愛らしいものではない。
 苦くて煤けた味わいのものだ。
 焦がしてしまったパンケーキのようなものだ。
 どれだけ飾っても、ごまかしきれない。
 だから、好貴は願ってしまう。
 黄昏の中、立ち尽くす彼の隣にふさわしい相手が現れることを。
 夕焼けは終わりではなく新しい始まりだということを。
 闇夜を照らす月の存在を。
 孤独な彼が幸福に笑える日々を。
 まあるいパンケーキの粉糖の甘さを想像しながら。
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