体育館裏
 教室に戻るとざわついていた。
 匠勝利(たくみしょうり)は不思議に思いながら自分の席についた。
 クラスメイトたちがやってきた。
 囲まれる形になって勝利は、目を瞬かせる。
「畠山(はたけやま)姉妹ってホントに区別がつかないよな」
「でも、めちゃ美人じゃないか?」
「そんな美人と幼なじみなんて、勝利はついているよな。
 家族ぐるみの付き合いなんだろ?」
 口々にクラスメイトが言ってくる。
「何だよ、いきなり」
 勝利は困惑しながら机からテキストを取り出す。
「さっき勝利が先生に呼ばれている間に、伝言されたんだよ」
 クラスメイトは言った。
「どっちに?」
 勝利は尋ねた。
 畠山姉妹は一卵性双生児だった。
 口を開かなければ、どっちだか分からない。
 と言われるほどそっくりだった。
「さあ、どっちだろうな。
 なにせ双子だし」
「大人しい感じだったから楓(かえで)ちゃんの方じゃないか?」
「体育館裏で待ってるって」
「モテる男が羨ましいぜ」
「楓が?」
 勝利は眉をひそめた。
 内気な楓が伝言を残すほどの用事が気になった。
 昼休みの時間は残りわずかだ。
 勝利は体育館裏に急いだ。
 ちょうど影になって、ひっそりとした体育館裏に女生徒がポツリと立っていた。
「何だ、葵(あおい)か」
 勝利はがっかりした。
 楓の双子の姉は
「すぐに分かったわね」
 ちょっと不満そうに口を開いた。
「だって楓はそんな雰囲気じゃない」
 勝利は少しばかり安堵する。
 勝気な葵は面白いことが好きだ。
 また何か、楽しいことでも見つけたのだろう。
 それに振り回されるのもお約束だった。
「さて、これは何でしょうか?」
 葵は白い封筒を取り出した。
 表書きには、几帳面な細い文字で『匠勝利様へ』と書いてあった。
 楓の筆跡だった。
「ラヴレターよ」
 葵は唇を綻ばせる。
 歳に似合わない妖艶さがあった。
 勝利の鼓動が跳ねたのは筆跡の方だったけれども。
「ただの手紙かもしれないじゃないか?」
 勝利は言った。
「わざわざ幼なじみに?」
 葵は封筒をもてあそぶ。
「そういう葵こそ、呼び出したんだ?」
「雰囲気を重視してみたの」
 楽し気に葵は言った。
「本人からじゃないと受け取らない」
 勝利はキッパリと言った。
「頑固ねー。
 だって、楓、どうする?」
 葵は死角になる位置に声を投げかける。
 そっくりな顔なのに、全く違う幼なじみが出てきた。
「え、楓?
 いつからそこに」
 勝利は驚く。
「ずっと前からよ」
 葵は勝ち誇った顔で言う。
 つまりこの茶番は最初から用意されたものだったわけだ。
「……ゴメンナサイ」
 楓が俯きがちに言った。
「楓が謝ることは何ひとつないよ。
 で、この悪戯はこれでおしまいか?」
 後半の言葉は葵に向かって言った。
「迷惑だったよね」
 楓がもじもじと言う。
「楓は気にしすぎだよ。
 これっぽっちも怒ってないさ」
「ありがとう、勝利。
 改めだけど受け取ってくれる?」
 楓は顔を上げた。
 夕陽のように赤く染まった顔が可愛かった。
「本当は誕生日に渡すつもりだったんだけど」
 葵の手から白い封筒を取り上げると、楓は勝利に手渡した。
 開封すると『いつもありがとう』という文字が並んでいた。
 ラヴレターじゃなくて感謝の手紙だった。
 期待が空ぶったけれども、悪くない気分だった。
 そこで予鈴が鳴った。
「ありがとうな、楓」
 勝利が言うと楓ははにかむような笑顔を見せた。
「今度は一人で渡しなさいよ」
 葵が楓の肩を抱き寄せて言った。
「付き合ってくれてありがとう」
 楓は葵に礼を言う。
「じゃあ、また今度。
 勝利はバスケ部の部活があるんでしょ?
 楓と先に帰ってるわ」
 葵は言った。
「母さんに、よろしく」
 勝利は言った。
 共稼ぎの畠山家が専業主婦の勝利の母に子ども預けるのは珍しいことではなかった。
 匠家はスポーツ一家だから、子どもたちが帰ってくるは遅い。
 一緒に晩ご飯を作る姿はよく見る光景だった。
 クラスメイトには言えないことだったけれども。
「今日は気合を入れたご馳走よ」
 葵がウィンクする。
「た、楽しみにしてね」
 楓も小さく手を振って言う。
 姉妹は仲良く、校舎へ向かって行った。
 勝利は手紙を大切にしまう。
 姉妹に遅れること数分、チャイムが鳴る前に走って教室に戻った。
 クラスメイトたちから質問攻めをされたが、勝利は一切答えなかった。
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