口実
「クリスマスなんてしょせん、口実よね」
 ショーウィンドウを覗き込んでいる彼女が言った。
 ケースの中には銀色のワイヤーで作られたクリスマスツリーが、綿で出来た雪をかぶっていた。
「今の日本じゃ、ただのお祭りなんだもの」
 そう言った彼女は楽しそうに、店の中で赤いキャンドルやクリスマスリースを手に取る。
 僕は素直で純粋な彼女の行動に、微笑んだ。
「あ、綺麗」
 彼女は銀色のオーナメントを手に取る。
 ガラスビーズがいくつか通された雪の結晶。
「でもねー」
 独り言を彼女はつぶやく。
 プライスカードを直視している。
 素晴らしく高いわけではなく、作りを考えると妥当とも思われる金額が書かれている。
 ただ、安くはない。贅沢、だと迷っているのが、手に取るようにわかる。
「プレゼントしようか?」
 迷っている彼女が可愛くて、僕は提案した。
 彼女の笑顔が見ることが出来るなら、安いものだった。
「……高いわよ」
 彼女はオーナメントを元の位置に戻した。
「いいの?」
「本当に欲しいかどうか、もう少し考える」
 困ったように、怒ったように彼女は言った。
「そう」
 僕は微笑んだ。
 その後、彼女は綺麗なクリスマスカードを数枚買った。
 僕も真似して、出す当てのないクリスマスカードを買った。
 銀のモールで雪の結晶をかたどった、綺麗なクリスマスカードを。
 それから、二人は街をぶらつく。
 街は冬の気配の中、十二月の明かりが灯り始めていた。
 街頭では、制服を着た少年が募金箱を持って立っている。
「共同募金にご協力お願いします」
 すっかりしゃがれた声で、少年は叫んでいる。
 彼女はためらうことなく、僕の傍から離れ、募金箱に小銭を入れた。
「ありがとうございます!」
 少年は九十度の礼をする。
 僕は彼女と同じ気持ちになりたくて、募金する。
 少年はまた深々と礼をする。
「寒いのに、ご苦労様。
 これ使いかけで悪いんだけど、良かったらどうぞ」
 彼女はホッカイロを少年に手渡す。
「どうもありがとうございます」
 少年はペコペコと頭を下げる。
「大丈夫?」
 僕は彼女に聞く。
「いいの!」
 寒がりな彼女は強がりを言う。
「それに、こうしていれば暖かいもの」
 彼女は僕の腕をつかむ。
 人前で、べたべたするのが苦手な彼女にしては珍しいことだった。
 よほど、寒いのに耐えられないらしい。
 僕は失笑した。
「ねえ、季節の中で、どの季節が好き?
 冬は嫌いじゃないけど、寒いから苦手。
 やっぱり、秋が一番」
 にこっと彼女は笑う。
「実りの季節だから?」
「そうよ、美味しい食べ物がたくさん作れるもの」
 料理人らしい回答だった。
「僕は、どの季節も好きだよ」
「そう言うと思った」
 つまらなさそうに、彼女は言う。
「強いて言うなら、って聞いてるのよ」
 彼女が僕のコートの袖を引っ張る。
「そうだね。
 冬かな」
 僕は答えた。
 冬は空気が澄んでいて、夜空の美しさも格別だ。
 それに、人恋しくなる。
 きりっとしているくせに、淋しがりやな彼女の生まれた季節だ。
「どうして?」
 彼女は不思議そうに僕を見上げる。
 僕は彼女の肩をそっと抱き寄せる。
「こういうことをしても、不自然ではないから」
 僕は少し笑った。
「……口実だわ」
 彼女はうつむいてしまった。
「駄目、かな?」
 僕は言った。
「馬鹿」
 彼女はつぶやいて、僕に体を預ける。
 心地よい重みとぬくもり。
 僕は幸せを感じて微笑んだ。


   ◇◆◇◆◇


 街が金と赤と緑に彩られると、人がソワソワしだす。
 どこもかしこも、クリスマスムードになる。
 私はげんなりとする。
 クリスマスなのもいいけれど、学校までその話題で持ちきりだと頭が痛い。
「四恩さんは、クリスマスは畠山君と過ごすんでしょう?」
 当たり前のように、クラスメイトに話しかけられ、私は顔をしかめる。
 今日で、これは何度目だろうか。
 私はためいきをつく。
 どうして、みんなは私と彼がクリスマスを一緒に過ごすと思うのだろうか。
 確かに私と彼は付き合っている。
 去年のクリスマスは一緒に居た。ただし、シンデレラのように十二時前の鐘を聞くことは出来なかった。
「どうしてそう思うの?」
 私は聞いた。
「だって、付き合っているんでしょう?」
 その子は言い切った。
「付き合っているからって、クリスマス、一緒に過ごさなきゃいけないの?
 クリスマスって言っても、イブじゃない。
 二十五日でもいいんじゃない?」
 私は言った。
 その子は笑いながら去って行った。
「あのー、四恩先輩」
 ためらいがちに声をかけられる。
 振り返ると図書委員会の一年生が居た。
「はい?」
「……冬休みの図書当番のことなんですけど」
「委員長はどうしたの?」
「当てにならなくて……。
 それで…特に、24日が。
 だから……」
 歯切れ悪く後輩が言った。
 ……クリスマス、ね。
「うん、わかったわ。
 今度の委員会までに決めましょうね」
 私は笑った。
「ありがとうございます」
 後輩はぺこりと頭を下げて、走り去った。
 どこもかしこも、クリスマス。
 私はためいきをついた。


   ◇◆◇◆◇


「24日、暇?」
 彼が聞いた。
「どうして?」
 私は聞いた。
 どうしても、言葉が棘々としたものになる。
 かわいくないな、と自分でも思うんだけど、こればっかりは直らない。
「暇だったら、デートしよう」
 彼は穏やかな笑顔を浮かべながら言った。
 こいつも、クリスマスにはデートか。
 定番というか、ワンパターンというか、お約束。
 そういうのは、キライ。
「暇じゃない」
 私は反射的に答える。
「あ、そうなんだ。
 仕方ないね」
 彼はそれでも、微笑んでいた。
 残念そうには見えない。
「図書委員会の仕事で、当番なの」
 私は言った。
「うん。がんばってね」
 彼は言った。
 そう、心から言ってるように見えた。
 私は何だか、いらついた。


   ◇◆◇◆◇ 


 二十四日、学校。
 私は制服姿で、学校の図書室のカウンターに座っていた。
 こんな日に本を借りようと思う、物好きはいるはずがない。
 あの緒方和歩ですら、学校に来ない。
 今頃、街のどこかで射那と腕を組んで歩いていることだろう。
 私は誰も居ない図書館でためいきをついた。
 一人ぼっちだ。
 街はクリスマスだというのに、こんなところで何をしているんだろう。
 涙がこぼれてきそうだった。
 どうして、自分は馬鹿なんだろう。
 もっと、素直になれればいいのに。
 ……去年は楽しかったな。
 今度、会うときは素直になろう。
 わがままを言わない。
 変にへそを曲げたりはしない。


   ◇◆◇◆◇


「こんにちは」
 声をかけられて、好貴は顔を上げた。
 制服姿の楽瑠が居た。
 冷たい外気が流れ込んでいくる。
「?」
 意外すぎる客人に、好貴はきょとんとする。
「さすがのイブだね
 人っ子一人居ないよ」
 楽瑠はマフラーを首から解きながら言う。
 手ごろなところから椅子を引いてきて、好貴の目の前に座る。
「今日の天気予報、見た?
 夜更け過ぎに降水確率が出ていたね。
 もしかして、雪が降るかもね」
 ごく自然に楽瑠は言う。
「ホワイトクリスマスって言うけれど、イエス・キリストが生まれた場所は、どう考えても雪が降る地域ではないはずよ」
 好貴はぶすっと答える。
「雪は嫌い?」
 気にせず楽瑠は聞く。
 それどころか、楽しそうだ。
「寒いじゃない」
 そっけなく好貴は言う。
「嫌い?」
 楽瑠はなおも問う。
「……好き」
 好貴はうつむいて、答えた。
 子供っぽい自分が嫌になる。
「雪が降るといいね」
 楽瑠は微笑んだ。
 変わらない笑顔に、好貴は心が痛んだ。
 優しさが、痛い。
「うん」
 好貴はうなずいた。
「ねえ、どうしてここにいるの?」
 断ったのに。それも、ひどい言い方で。
 怒っても、おかしくないくらいの。
「デートしに来たんだ。
 迷惑だったかな」
 楽瑠はさらっと言う。
「デートって……ここ、図書室」
「ここがどこであっても、二人で居るのだから立派なデートだよ」
 当たり前のことのように、楽瑠は言う。
「え?」
 好貴は赤面する。
 うつむいたまま、顔を上げられなくなる。
「はい。
 メリークリスマス」
 コトン。
 小さな小箱がカウンターに置かれた。
「これ……」
 驚いて、顔を上げる。
 楽瑠は優しく微笑んでいた。
「プレゼント」
「どうして?」
 そんなに優しくしてくれるの?
 自分がとても嫌な子になった気分がした。
「君に、あげたくなったから」
 低い声が耳に響く。
 ストンと心の奥の中に、言葉が降る。
「私、何にも用意していないよ?」
「そんなこと期待して、プレゼントしたわけじゃないから。
 君の喜ぶ顔が見たかったんだ」
 幸せそうに、楽瑠は言った。
「……ありがとう」
 好貴は言った。
「開けて見て」
「うん」
 好貴は小さな箱を、慎重に開ける。
 クリスマスカラーの包み紙の中、小さな雪の結晶。
 ガラスビーズがあしらわれた銀色の。
 あの店にあったオーナメント。
「ありがとう」
 声が震える。
 どうして、こんなに嬉しくなることをしてくれるんだろう。
「嬉しい」
 好貴はようやく言った。
 瞬きすると、涙がこぼれた。
 大きな手が伸びてきて、好貴の頬にふれた。
 好貴は楽瑠を見つめた。
「夜になったら、ツリーを見に行こう。
 駅前の噴水広場が綺麗だったよ」
 楽瑠は静かに言った。
「うん」
 好貴はうなずいた。
「それから、一緒にケーキを食べよう」
「うん」
「好貴、目を閉じて」
 楽瑠はささやいた。
 好貴はそっと瞳を伏せた。
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