《黄金の眼鏡》は、血筋にとらわれることはない。
 国王が血筋によって縛られるのとは、対照的だった。
 どの家の子どもでも《黄金の眼鏡》の称号を得ることができた。
 まだ幼い子どもであれば、魔法使いのように何でも知る魔法の眼鏡になりたがった。
 ある程度、物がわかるようになれば、立身出世に夢を見て、国王を助言できる国一番の学者になりたがった。
 誰もが憧れる《黄金の眼鏡》。
 それの選定は、百の秘密の一つ。
 《黄金の眼鏡》しか知らなかった。



 国王陛下の御意見番、国務大臣フィナンシュ卿には、目に入れても痛くない子どもがいた。
 子宝を諦めかけたころにできた子どもであったから、その可愛がりようは宮廷の誰もが知っていた。
 名をクランブル。
 アップルグリーンの瞳が特徴的な男の子だった。
 その子がそろそろ四才を迎える頃のこと。
 大きな病気一つすることなく、健やかに育つ姿に、時の国王も好ましく思っていた。
 第一王子のパルフェと一つ違い。
 成人した暁には、頼もしい家臣となるだろう。
 やがては、父のように国務大臣の一人となり、国政を担っていくだろう。
 王都の人々が噂しあう以上に、クランブルは賢かった。
 まるで砂が水を吸っていくように。
 どんどん知識を吸収していく姿に、学者たちは嘆いた。
 何故、代々国務大臣を勤め上げる家に生まれたのだろうか。
 自由に言葉を操り、すらすらと小難しい単語を書き記す三つの少年に、そっとためいきをついた。

 それは、まるで何かの予言のように。

 秋の第二旬に、第一王女が誕生した。
 王家の慣習に従って、王女の名前は黙される。
 名づけに儀式に立ち会った者たちは、その音とつづりを知っていたが口にすることは出来なかった。
 本当に、呼ぶことが出来ないのだ。
 慣習に逆らって、名を呼ぼうとしても、舌が凍ってしまったように動かなくなる。
 フィナンシュも、そうであった。
 勤勉な大臣は我が家に帰ると、息子が眠る寝室に向かった。
 遅い夕食をとる前に、我が子の寝顔を見るのが、ここ数年の習慣だった。
 この日も静かに、ドアを開ける。
 大臣は、アップルグリーンの瞳と出会った。
 ぱっちりと目を開けて、息子が部屋の中央で立っていた。
 これ以上ないくらい真剣な表情で、父を見上げていた。
「どうしたんだい?」
 フィナンシュは絨毯に膝をつき、息子の細い腕を優しくつかむ。
 千年も生きた老人のように、奇妙な目をしていた。
「第一王女様のお名前は、フレジェとおっしゃるのでしょう?」
 クランブルは言った。
 呼ぶことのできるのは、名づけた親とその伴侶だけ。
 そう神が定めた法。
 雷に打たれたように、フィナンシュはその場に縛りつけられた。
「どこでそれを?」
 大臣は、やっとの思いで尋ねる。
「書いてありました」
 幼子は言った。
 子煩悩な父親の耳の奥で、その言葉はこだまする。
 理解しがたいことが目の前に起きた。
「大きな辞書に書いてあります。
 それを読みました」
 クランブルはにっこりと笑った。
 ようやく父は理解した。
 息子は《黄金の眼鏡》だ、と。


 翌日。
 クランブルは、宮廷に招かれる。
 国務大臣の息子としてではなく《黄金の眼鏡》として。
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