0619

午前2時。外は雨が降っている。静かな音が夜を誘う。見えないものは見えないのだから仕方がないと、昔の流行歌に言いかけて、止まる。
posted at 02:30:57

彼はどうしてこの曲が好きなのだろうか。尋ねてみたことがない。彼が多感な時期に流行った曲には違いない。私とは違って一通りの流行を追うタイプなのだから、この曲のCDを持っていてもおかしくはない。けれども、いまだに携帯電話の着信メロディにしている理由は……?
posted at 02:33:42

愛着があるのだろうか。彼がこのアーティストが好んでいるのはCDラックを見ればわかる。ダウンロード販売という形があるのに、CDを購入しているのだから。これこそ見えているものだ。私は見落としているのだろうか。
posted at 02:35:51

彼は星が好きなようだ。しかも夜空に輝く星が好きなようだ。テレビのニュースになるような天体ショーだけではなく、天文台で小さく載るようなニュースもよく知っている。星座も詳しい。それにまつわる雑学も豊富だ。この場合、博識というのだろうか。
posted at 02:39:12

彼は誰かに伝えたいことがあるのだろうか。後悔がにじむような、昔の流行歌を聞き流しながら、私は思う。会いたくても会えない……のは、可能性として一つしかない。
posted at 02:41:17

会いたくても会えない。から、私は忘れてしまった。どんな顔をしてあの人は笑ったのだろうか。私の家にはアルバムというものがなかった。写真屋で現像された写真はネガと一緒に紙袋に入っているような家だった。私の物心つく前のアルバムが1冊。卒業アルバムと記念的なものが数枚。
posted at 02:45:11

そして、二人が揃っているアルバムが数冊。これは埃焼けしてしまって、表紙もぼろぼろになってしまっているが、私にとっては貴重な私物だ。今の家にはない。私は不注意な人物なので、信頼の置ける方たちに預かっていただいている。
posted at 02:47:13

抜け落ちた数年分の写真。私はどんな顔をしていたのだろうか。あの人はどんな顔をしていたのだろうか。思い出すことを忘れてしまったから、曖昧にしか思い出せない。覚えているのは、赤と白の模様のタバコの箱だ。コーヒーの缶と白い陶器製のタバコ皿と一緒に、テーブルに置かれていた。
posted at 02:50:25

コーヒーは飲みかけのときもあったが、タバコ皿が山盛りになっていることはなかった。1本か2本。あれは最後まで吸っていない状態だったのだろうか。私の目の前でタバコを吸う人間がいないため、比較する対象なしに印象での話になってしまうのだが。
posted at 02:53:01

あの人はいない。私は一年に数回、黒い服に袖を通す。靴も黒。持ち歩くカバンも黒だ。そうすることでしか、感謝を示せない。私は黒が好きだということになっているので、少々親しいぐらいの間柄ではわからないことだ。訊かれれば答えるが、訊かれたことはない。
posted at 02:57:20

彼も、黒い服を着るような日があるのだろうか。普段から色を押さえた服が多いからわからない。ただ菊の花を買ったり、線香の香りをさせて帰ってきたことはなかったと思う。
posted at 02:59:28

分からないことだらけだ。きっと、私は見えているものを見落としているのだろう。
posted at 03:02:20

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