0630

見えそうで見られなかった満ちた月の日から、夜は雨が続いている。昼間の世界が偽りのように、梅雨の雨が降る。太陽が姿を見せている時間は一粒も降らないというのに、夜は饒舌に降る。
posted at 03:18:43

あの日、月食が見えていたら世界はどこか変わったのだろうか。厚い雲に阻まれたとしても、その先で満ちた月が欠けたことには変わりがない。私がそれを目視したのか、しないのか。その違いしかないのだが、人間というものは不便なものだ。自分の目で見たものしか信じられない。
posted at 03:20:43

より正確には信じたいものしか信じようとしない。善意を悪意に、好意を嫌悪に、たやすく変換してしまう。信じたいのに信じられないと理解しながらも、己の中にある1mg満たない疑いで変容させてしまう。それはまるでアルカロイドのように。
posted at 03:24:31

夜にしか降らない梅雨の雨は……その異常さが、その違和感が、他者であれば眉をひそめるような釦を掛け違ってしまったような空気が、私には親しみ深いのだ。ああ、このまま夜だけにしか降らない雨であり続ければ良いのにと思う。梅雨であることを時に忘れられ、時に思い返される。
posted at 03:30:12

雨が降らないと困ると言いながら、降ると迷惑そうにする。そういった人々のために、夜だけに降る雨であればいい。みなが眠りにつく時間だけに、等しく大地に降り続く雨であればいい。己の職務を果たしながら、違和感を与え続けているそのような雨は美しいとすら思う。
posted at 03:32:27

0702

気がついたら部屋の中が暗かった。部屋が暗くなったから気がついたが、正しいのか。日が沈んだのかと作業テーブルにシャープペンシルを置いた。アルミ製の本体を持つシャープペンシルは製図用で、グリップも金属製で冷たい印象がある。メーカーにこだわらずに近くの文房具店で買い求めたせいか
posted at 19:56:16

0.3mmから0.7mmまでペンケースの中に一揃いしてしまった。選ぶほど多くのメーカーのシャープペンシルがなかっただけだ。HBのシャープペンシルの芯で図案を描いていたのだが、湿度のせいだろうか。紙のすべりが悪く、ふと室内の薄暗さに気がついたのだった。
posted at 20:01:14

それから数瞬後、これ以上ないほど明るくなった。白い光が部屋を打つ。私が雷だと認識するのと、ほぼ同じぐらいの時間だろうか。近くの避雷針に開放された落雷音が空気を震わせた。
posted at 20:05:45

しばらく落雷は続いたのだろうか。私は窓際で立ち尽くしていた。電化製品のコンセントを抜くということも思いつきもしなかった。蛍光灯よりも明るい外を見ていた。雷が遠ざかったと気がついたのは、携帯電話から流れる着信音のせいだった。一昔前の流行歌。アコースティックなギター音。
posted at 20:16:46

メール用の指定着信音に気がつき、私は足の裏で違和を感じた。踏みつけたのは色のついた硝子。……緑のビーズだ。糸が緩んだのだろう。カーテンについてた硝子の粒が床にぱらぱらと落ちていた。私は拾い集め、迷った末ペンケースに入れた。
posted at 20:37:19

あとでカーテンを外して……カーテンを洗ったほうがいいだろうか。他にも緩んだ糸がないか調べて、その前に携帯電話を見なければ、彼は無視されることを嫌うごく普通の人間なのだから、早く返信をしなければ、いったいどんな用があるのだろうか。そういえば近所に雰囲気の良さそうな店ができたから
posted at 20:39:25

私は携帯電話を開いた。メールが1件だと思ったら、予想以上に多い。大半はメールマガジンだろうと、私は件名だけを見て目当てのメールを開く。安否を尋ねる短い文章だった。彼は心配性だ。
posted at 20:42:11

Table of contents↑