0703-0707

ペンケースに入れたと思っていたビーズが足りないと気がついたのは手芸店が閉まった時刻になってからだった。家にも未使用のビーズはある。それらで補えないわけではない。刺繍糸も充分にある。洗濯で白さが増したような気がするカーテンは、カーテンレールでゆらゆらと揺れている。
posted at 21:33:56

糸が緩んでいた部分はすべて解いてしまったから、オーガンジー素材のカーテンの所々に小さな穴が開いている。仕立て直したほうが良いのだろう。そう思いながら、ペンケースの中のビーズを弾くと冷たい硝子の感触がした。
posted at 21:36:18

知人に私は青が好きだと思われていた。と、思い出す。誤解は解けなかった。私には緑よりも青が似合うと、顔も知らない他人に力説された。オンラインゲームで知り合った彼女は多弁だ。少なくともゲームの中では社交的で、そのゲームの中ではそれなりの有名人らしい。
posted at 21:39:03

私に話しかけてきたのはいかにも初心者といった雰囲気の動作をしていたからであろう。フレンド登録にためらいを感じないタイプの――とある人物によく似た、オンラインゲームではある種、典型的なタイプだったらしく、ゲームにログインする度に話しかけられ、
posted at 21:42:26

気がつけばリアルの話もするようになっていた。彼女との関係性はゲームの中だけで集約されている。どこの誰なのか、他にもゲームをしているのかは知らない。mixiやtwitterにも彼女はいるのだろう。私は興味が薄かったし、相手も特に言わなかった。こういう緩いつながりを維持できるのは
posted at 21:45:06

かなり珍しいケースだろう。彼女の好きなアーティストのライブ日程まで知っているのに、彼女の住んでいる場所は知らない。彼女の話を総合すればどの辺りに住んでいるのか特定できるだろうが、私はそれをしたいとは思わない。そもそも彼女と表現したのは、彼女のアバターが女性だからだ。
posted at 21:48:05

戸籍上の性別までは知らない。そんな彼女が私のイメージは「青」だと言った。緑が好きなのは意外なことのようだった。ゲーム特有のオーバーな表現で言われた。そんなに意外なことなのだろうか。私をリアルで知っている人たちもそう思っているのだろうか。それが気になった。
posted at 21:51:11

0707

7月7日、夜。梅雨明けしていないこの地域は天気予報どおりに雨が降る。雨音が七夕の夜を彩る。どれだけテルテル坊主が吊るされても、どれだけ短冊に晴れを祈願する言葉が書かれても、天気は予報どおりに崩れた。
posted at 20:50:23

「願い」の力はその程度だ。天気を変えるほど強くはない。仮想世界で晴天を作り出しても、夜空に天の川を描こうとも、現実世界は変わらない。梅雨だから雨が降るのだ。耳を澄まさなければわからないほど、小さな音で降り続くのだ。
posted at 21:03:48

悲しいことは一つもない。落胆することもない。わかりきっていた現象が起きただけだ。……ただ、理解できないのは、自分の中にある感情だ。私は晴天を望んでいたのだ。心の奥で渇望していたのだ。そのような不可解を願っていたのだ。
posted at 21:11:36

私は雨音を聴いている。雨は悪くはない。悪いのは私だ。だから、私は鳴らない携帯電話を握り締め、窓辺で雨音を聴いている。
posted at 21:15:40

雨が降ったのだ。かささぎが橋を作っているのだろう。年に一度しか会えない夫婦は幸せだろうか。
posted at 21:22:28