桜吹雪の舞う中で

 土曜日の午後。
 ちょうど昼休憩の時間だった。
 ポケットに入れてあった携帯が、盛大に震えだした。
 あまり気持ちのいいもんじゃないな、と思いながら携帯を開く。
 そこには『五月』の文字があった。
「どうした?」
 即座に電話に出ると、五月の呑気な声が聞こえてきた。 
「ねえ、蒼ちゃん。
 お花見行こう!」
「花見?」
「うん、まだ桜見てないんだ」
「いいけど、混んでるぞ」
 左肩に携帯をはさんで、蒼太はコンビニ弁当の包装をむいていく。
 年下の恋人は、人混みがあまり好きではなかった。
 そのせいか、普段のデートはドライブや季節外れな場所が多かった。
「うっ……。
 でもさ、桜はすぐ散っちゃうし」
 案の定、五月は言葉を詰まらせた。
 多分、友だちにでも自慢されたのだろう。
 彼氏と花見に行ってきた、とでも。
 何だかんだ言って、五月も普通の女の子なのだ。
「じゃあ明日にでも行くか?」
「うん!
 お弁当持ってくよ」
 嬉しそうな声が返ってくる。
 パチンと割り箸を割り、蒼太は弁当に手をつけ始める。
 誘ってよかったと思いつつ、可愛いなと思った。
 思わず苦笑してしまう。
「んじゃあ、卵焼きな。
 しょっぱいの」
「了解。
 あとは何かリクエストある?」
「鮭おにぎり。
 フレークでもいいからさ」
「おっけー!
 明日、楽しみにしててね」
「ん、じゃあまた明日な」
「は〜い!」

 そこで、電話は切れた。
 蒼太は真っ白な画面を見ながら、やっぱり微笑んでしまった。


 ***


「うわぁ、綺麗!」
 桜の木の下で、五月はくるくると回ってみせる。
 まるで小さな子どもみたいだと、蒼太は思った。 
 天気は予報どおり晴れ。
 体感温度も暑すぎず、寒すぎず。
 お花見にはもってこいの日だ。
「もう散り始めてるな」
 あまり人が来なさそうな、小さな公園に二人は立っていた。
 ちらほらと家族連れの花見客はいるが、出店はない。
 駅からかなり離れているし、どちらかといえば近所の人間のたまり場的公園。
 桜があると知ったのは、同僚からの情報だった。
 こうして幸せそうな少女の姿を見られると、連れてきて良かったと思う。
「うん、でも綺麗だよ。
 桜のじゅうたんみたいで!」
 無邪気な笑顔で、五月は断言する。
 どこかふわふわしていて、つかめない。
 それでいて、大人の顔もする恋人。
 一緒にいて飽きるどころか、毎回新しい発見がある。
 そんな彼女が、とても大切だった。
「歩くポエマーだな、五月は」
「そうかな?
 じゃあ、それを仕事にして生きてく」
「楽しそうだな、それ」
 小さな頭をくしゃっと撫でる。
 柔らかい髪から、シャンプーの甘い香りがした。
 本当に自分と同じ人間なのだろうか?
 そう思わずにはいられないくらい、五月は純粋な気がした。 
「ね、お弁当にしよう。
 今回は煮物もつけてみました!」
 えへん、と腰に手を当ててみせる彼女に、蒼太は噴出した。
「そりゃすごい。
 腹減ったしな」
 ちらりと腕時計を見れば、お昼の時間を少し過ぎたくらいだった。
「何で笑うの〜!?
 もうあげないよ、お弁当!」
「それは勘弁してくれ。
 五月大明神様〜」
 わざとらしく、手を合わせてへこへこしてみせる。
「だいみょうじん?
 それってなぁに?」
 こういう時、年の差を感じてしまう。
 何だかんだ言って、自分も年をとったなと。
 まだ、ぎりぎり二十代だというのに。
 ジェネレーションギャップか、と蒼太はため息混じりに呟いた。
「まあ、神さま仏さまと似たようなもんだ。
 あそこにベンチあるから行くか」
「そうなんだ。
 うん、行こう♪」
 にこっと笑った少女の手をとって、二人はベンチへと向かっていった。



 優しい春風の下、二人は卵焼きたちに囲まれて桜を見上げていた。
 美味しいお弁当に、とびっきりの笑顔。
 二人の思い出が、また一つ増えた。


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