ハッピー・バレンタイン




 2月14日。
 は、珍しく鼻歌まで歌いながら回廊を歩いていた。
 目指すところは武の師匠、張文遠の部屋。
 分も過ぎ、花も少しづつ咲き始めた今日この頃。
 手にチョコ代わりのプレゼントを持って。


「文遠さま」
 ひょこっと顔を覗かせて、は武の師に声をかけた。
 手は、背に回す。
か。
 どうした?」
 持っていた筆を置いて、文遠が微笑む。
 優しい表情に、も嬉しくなった。
 思わず、笑みがこぼれる。

「あ、あの。
 今お忙しいですか?」
「いや、構わない。
 こうしてお前が訪ねてくるのは珍しいからな。
 何かあったのか?」
 卓の上に置かれている竹簡を脇に寄せ、男は手招きをする。
 は軽いステップで、文遠の傍まで行く。
 彼の小さな心遣いが、すごく嬉しい。
 きちんと、自分を見てくれている証拠。
 そんな気がした。
「いつも文遠さまにはお世話になってるから、その……。
 プレゼントをしたいと思って!」
「ぷれぜんと?」
「あっ、えっと!
 差し上げたいものがあるんです」
 ついつい、カタカナを使ってしまう。
 まだまだ慣れないな、とは小さく息をはく。
「私は何も世話などしていないぞ。
 は律儀な性格だな」
 目を細める文遠に、はドキッとした。

 こんなに優しく笑う人だったっけ……?

 心臓がドキドキを繰り返す。
 初めての感覚に、少し戸惑いを覚える。

「そ、そんなことないです!
 あの、それで。
 本当は今日、ボクの国では甘いお菓子を渡す日なんです。
 でも、お菓子は用意出来なかったから、あの……」
 後ろ手に隠していたものを差し出す。

 気に入って、もらえるかな?
 さすがにチョコは無理だったし。
 今のボクに渡せるものなんてこのくらいしかないし。
 あ、でも文遠さまは男の人なんだよね。
 やっぱり違うものの方が良かった、かな?

 結果を知るのが怖くて、はうつむく。
 目を、ぎゅっとつむる。

「花輪か。
 これは器用なものだ」
 手から、すっと離れていく。
 その気配に、はパッと顔を上げた。
「文遠、さま」
「どうした?」
「あの、喜んでもらえましたか?」
 おそるおそる問いかける。
 じーっと男の瞳を覗きこむ。
 やっぱり、心臓はドキドキしたまま。
「もちろんだ。
 心のこもった贈り物は、無条件に嬉しい」
 穏やかな微笑みで、文遠が答える。
 心から笑っている。
 それが良く分かる笑みに、はホッと胸を撫で下ろす。
 同時に、何とも言えない喜びが込み上げてくる。
 嬉しくて嬉しくて、うまく言葉に言い表せない。

?」
「え、あっ!
 えっと、喜んでもらえて良かったです!」
 やっとのことで言えたのは、そんな普通の言葉。
「そうか。
 私も、が笑っていると嬉しいぞ」
 頭に大きな手がのせられ、ぽんぽんとされる。
 優しくて温かくて、ふわふわした感じがした。
「ボク、文遠さまにこうしてもらえるの、すごく好きみたいです」
 えへへ、と声を出して笑ってみせる。
 幸せな気分がたくさんする。
 ここは、こんなにも温かい。
「うむ。
 は本当に素直だな」
 今度は大きな手に頭を撫でられる。
 くすぐったい感覚に、はもう一度声を出して笑った。