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麻雀日和
景色が大分春めいてきたある日。
事件は唐突に起きたのだった。
「」
「はい、貂蝉さま」
歌うような声に呼ばれて、は返事をする。
いつ聞いても、良い声だと思う。
「突然だけれど、麻雀はできる?」
「麻雀……ですか?」
聞きなれない言葉に、は小首を傾げる。
「ええ。
奉先様が、どうしても訓練をしたいと言っているのだけど……」
「もしかして人数が足りないんですか?」
そういえば、とは思考をめぐらせる。
この前、董卓様が麻雀大会をするという話を聞いた気がする。
確か文遠さまも強制参加だったような――。
「そうなの。
二人でも出来るけれど、大会は四人だから。
練習にはならないと」
ふう、と目の前の女性が溜息をつく。
心底困っている様子に、は慌てて言葉をつくす。
自分の主のピンチを、見過ごしたくはない。
出きることなら、お役に立ちたい。
思いを、そのまま口にする。
「教えていただければ、できると思います!」
両手をぎゅっと握って、貂蝉を見上げる。
どうしてもお役に立ちたかった。
「それは頼もしいわ。
じゃあ、時間まで練習ね」
「はい!」
ふわりと笑った主を見て、も満面の笑みを浮かべた。
***
花は咲き誇り、木は風に身を委ね葉擦れの音で楽を奏でる。
造られた美を備え、贅をこらした院子の中。
玉の柱を持つ東屋に、四人の雀士が顔を並べた。
「わぁ、文遠さまもご一緒なんですか?」
良く知った顔を見つけて、は嬉しそうに駆け寄る。
「ああ。
麻雀はどこか、武に通じるところがあるからな」
頭をくしゃりと撫でられる。
くすぐったい感覚に、は表情を和ませる。
この大きな手が、少女は大好きだった。
「は麻雀が出来るのか?」
「あ、さっき教えていただいたんです」
問われて、正直に答える。
とりあえずのやり方と、簡単に狙える役を貂蝉に教えてもらった。
ためしに、ちょっと二人でやってみたりもした。
「そうか。
まさかお前と対戦することになるとはな。
楽しい勝負になるだろう」
目元を和ませる師匠に、は宣言する。
「ボク、頑張りますね」
笑って言うと、文遠は頷く。
「うむ。
いつでも真剣に勝負に取り組むのは良いことだ」
とても嬉しそうだったので、も心が弾んだ。
誰かがこうして笑ってくれることは、すごく嬉しい。
特に、自分が好意を持っている人だと。
「早く座れ。
始められん」
憮然とした声が聞こえた。
今日の主催者、呂布の声だった。
「はい」
は身を引き締める思いで返事をする。
用意された椅子は石で出来ていて、ちょっと固い。
そこに、ちょこんと座る。
「これで四人揃ったな。
では始めるか」
目の前に広がる雀卓に牌、点棒。
心臓がドキドキと大きな音を鳴らし始める。
「。
分からないことがあったら、途中でもいいから訊いて頂戴ね」
「ありがとうございます、貂蝉さま」
貂蝉の心遣いに、は笑みを返す。
優しさがとても嬉しかった。
「ふむ。
いつ見ても仲の良い主従だ」
「やるぞ」
「あ、はい!」
かくして、たちは雀卓を囲むことになった。
***
東三局。
現在の順位は上から順に、
張遼、呂布、貂蝉、。
たとえ一役でも、手堅く上がる文遠が早くもトップに躍り出た。
「ドラ切りを怖れていては、この乱世を駆け抜けることなど出来ん!!」
叫び声が院子を渡る。
夏ではないのに、この場はとても熱く感じられた。
「ロンです」
凛とした声が響き、場に清涼な風がもたらされる。
「な、何と!」
「さすがだな、貂蝉」
「わぁ、すごいです貂蝉さま!」
驚きと感嘆の声が一度に上がる。
卓の上にで広げられた牌たちを見て、は胸を躍らせた。
主人が強いのは、無条件に嬉しい。
目の前にいる呂布も、珍しくにこやかな笑顔を浮かべている。
「あら、大したことはないのよ。
ただの跳満ですもの。
本当はもっと高めを狙いたかったのだけれど」
控えめな微笑みがとても綺麗だ。
はふと、そんなことを思ってしまう。
「ううむ……。
勝負は勝負。
大人しく、点棒を渡そう」
じゃら、という音と共に、点棒が貂蝉に渡される。
悔しそうな表情を浮かべた武の師匠に、は笑いかける。
「文遠さまも頑張ってくださいね!」
こういう攻防を見ているのは、とても楽しい。
戦の時の駆け引きとは違うから、怖いこともないし。
純粋に、は文遠を応援する。
「ああ、すまないな」
優しい笑みが見られて、は満足した。
「さっさと進めるぞ」
「はい!」
ぎりぎりの攻防戦はまだまだ続く。
この時点で、張遼・呂布を抜き貂蝉がトップの座を奪った。
***
南二局。
現在の順位は上から順に、
貂蝉、張遼、呂布、。
東三局以降、貂蝉はその座を誰に譲ることなくここまで来た。
点差も歴然。
あとは二位争いを残りの三人でする形となった。
ここまで、は一度も上がれず、一度も振り込んでいない。
「字牌などこの俺には必要ない!」
太い声が、院子に轟く。
咲き誇る花も、生い茂る緑も。
存在を失ってしまうかというほどの勢いだった。
「あっ、ロンです!」
待ちに待った牌を見つけて、は声を張り上げた。
瞬間、もの凄い剣幕で睨まれる。
「ひえっ!」
恐ろしさのあまり、とんでもない声を上げてしまう。
思わず、勘違いでした!
と、叫びそうになったが、軽やかな声に助けられた。
「まあ。
跳満じゃない」
「ええっ、本当ですか?」
信じられない出来事に、驚喜する。
字牌のみで上がろうと思っていただけなのに。
「ほら、裏ドラがのったから、これでドラが三つ増えたわ」
言われて良く見ると、手持ちの牌には元々ドラがあった。
それに加えて、いくつかの役もあったみたいで、貂蝉が一つずつ教えてくれた。
「うわぁ、本当だ!
ボク嬉しいです!!」
頬が上気しているのが分かる。
こんなに強い人たちの中で、上がれるとも思っていなかった。
だから、余計に嬉しくてたまらない。
ギロッ。
身の凍るような視線を感じて、は身震いをする。
恐る恐る視線をそちらに向ける。
そこには、この世のものとは思えない、鬼のような形相があった。
「ひゃ……!」
恐怖のあまり、悲鳴は声にならない。
視線がこんなにも痛くて、怖いものだなんて知らなかった。
は新しいことを知れたけれど、そこに喜びは微塵もない。
あるのは、畏怖のみ。
「ううむ。
初心者とは思えんな。
素晴らしい牌筋だ」
広げた牌を見て、文遠が顎鬚をさすりながら唸る。
「あ、ありがとうございます」
とにかく目の前の人が恐ろしくて、素直に喜べない。
泣けるものなら、泣きたい気分だった。
「奉先さま、あと一局頑張ってくださいませね」
柔らかな微笑みが、場に和やかな空気をもたらす。
「ああ、そうだな」
呂布からの視線が外れる。
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。
は密かに安堵の溜息をもらした。
結局、最後は以下の通りになった。
一位は貂蝉。
二位は張遼。
三位は。
四位は呂布。
二位と三位の差はわずか二百点。
中々、激しい戦いとなった。
「最後までよく頑張ったな。
危うく負けるところだった」
院子で特訓を始めた呂布と貂蝉を残し、二人は回廊を歩いていた。
つい先ほどのことを振り返る師は、とても楽しそうに笑っている。
「そんな!
やっぱり文遠さまには敵いません。
あの上がりだって、偶然ですし」
褒められたのが気恥ずかしくて、は首を横に振る。
あの時は怖かったけど、麻雀自体はすごく面白かった。
元の世界にもあったけれど、一度もやったことはなかった。
高校生に相応しい遊びでもなかったし、興味もなかったから。
けれど、こうして四人でやることが出来て、は嬉しかった。
大人の一人として、扱ってもらえている。
まだまだ子どもな自分にとって、それが何よりも幸せだった。
「いやいや、運も力のうち。
これからの成長が楽しみだ」
「ありがとうございます」
は素直にお礼を言う。
心の中が温かい。
言葉は、こんなにも優しい。
「ところで。
少し遠駆けに付き合って欲しいのだが」
「今からですか?」
「無理に、とは言わん」
控えめな誘いが、心地良かった。
は口元を綻ばせる。
「ボクでよければ、ご一緒させてください」
ここは温かくて居心地がいい。
元の世界では手に入らなかったものが、ここにはある。
辛いこともあるけれど、幸せの方がいっぱいある。
だから、はここが好きだった。
「うむ。
では参ろうか」
「はい!」
少女は力強く頷いてみせた。
幸せは誰にでも訪れる。
そんな、いつもと変わらないある日のこと――。
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