薔薇に棘があるように、君にも棘があるのかな?




 常春の飛空都市。
 そこには、いくつもの花畑が存在している。
 薔薇、ジャスミン、コスモスなど、多種多様な花畑。
 花は絶えず咲き、絶えず散っていく。
 その光景は、言葉では言い表せないほどの美しさだった。

 女王試験も終盤。
 金の髪の女王候補は、炎の守護聖オスカーと薔薇の園に来ていた。

 今日は日の曜日。
 二人にとっての、安らぎの時間だった。



「痛っ!」
 アンジェリークが、突然声を上げた。
 薔薇の棘に、指を引っ掛けた。
 真っ赤な血が、じわりと染み出してくる。
「お、オスカー様!?」
 すぐ傍にいたオスカーが、少女の手をとる。
 傷口を、そっと口に含んだ。
 突然与えられた温もりに、少女は焦った。
 鼓動がどんどん早くなっていく。

 どうか、このドキドキが聞こえませんように。

 少女は、そっと祈った。
「すまなかった。
 お嬢ちゃんの服が汚れると思ってな。
 余計なことだったかい?」
 優しい声が、耳に届く。
 しばらくして、オスカーは口を離した。
 ポケットから出したハンカチで、傷口を包んでくれる。
 
 鼓動が、跳ね上がった。
「い、いえ」
 慌てて首を横に振る。
 恥ずかしくて、まともにオスカーの顔が見られない。
「ああ、ちょっと刺激が強すぎたかな?」
 悪戯っぽく笑って、オスカーがこちらを見た。
「そ、そんなこと!
 ……あります」
 ない、とは言えなくて、結局正直に言ってしまった。
 こういう時、自分の子どもっぽさを実感する。
「フッ、可愛いなお嬢ちゃんは」
 薄青色の瞳が、細められる。
「からかわないでください!」
 強がって叫んでみる。

 意味なんてない。
 そんなこと分かってるけど……。

「からかってなんかいないさ。
 俺は、本当のことしか言わないんだぜ?」
 その言葉がすでに嘘だと、少女は思う。
 でも、それ以上の言葉が思いつかない。
 だから、代わりに声を荒げた。
「もう!」
 やっぱり笑ったまま、オスカーが手に触れた。
 長い指が自分に触れる度に、ドキッとしてしまう。
「痛みはないかい?」
 傷の辺りを、辛そうに見られる。
 いつになく真剣な眼差し。

 どうして、こんな顔をするんだろう?

 少女は不思議に思った。
「あ、はい」
 ちょっと遅れて、返事をする。
「とりあえず、早く消毒した方がいいな」
 ぽつりとオスカーが呟く。
 それに、アンジェリークも頷いた。
「そうですね。
 って、きゃあ!」
 唐突に起きたできごとに、少女は声を上げた。
 体が急に、宙に浮いたから。
「この方が早いんでな。
 少しの間、我慢していてくれよ」
 オスカーに抱き上げられた。
 それを知ったのは、全身に伝わってくる彼の温もり。
 そして、耳元でささやかれた声。
 艶のある声に、アンジェリークは頬が染まっていく音を聞いた。
「……はい」
 大人しく、少女は言葉を返した。

 二人は淡い芳香を身に纏いながら、薔薇の園を後にした。


 棘の痛みより、この胸の痛みの方が辛い。
 アンジェリークは、そっと思った。
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