命
この命、ある限り。「お前がこれをやったのか?」
曹丕は、目の前にいる女に訊いた。
広がる光景は、屍の山。
血のむせ返る匂いが、場に立ち込める。
「何者!?」
その中に立つ女が、こちらを振り返る。
怒りを顕わにした表情が、とても美しかった。
「お前がやったのか、と訊いている」
問いには答えず、もう一度訊く。
美しい女人は、ぴくりと眉を上げた。
「だとしたら、どうしたと言うのです?」
睨みつける女。
久しぶりに、曹丕は楽しいという感情を覚える。
「ふっ、面白い。
女、私の元に来る気はないか?」
口元を歪めて、声を風に乗せる。
「無礼な物言い、許しませんわ!」
更に眉間に皺を寄せ、煌びやかな女が声を荒げる。
鉄笛を構え直す動作は、洗練されていた。
「私とやる気か?」
曹丕が問う。
「当たり前、ですわ」
女が答える。
二人の間に、沈黙が訪れる。
「その状態で、か?」
「!」
女は、すでに肩で息をしていた。
「そんなに息を切らしていて、戦えるのか?」
青年は笑った。
「くっ……!」
悔しそうな声が漏れる。
もう、ほとんど戦うことは出来ないだろう。
体力の限界が、すぐそこまで来ている。
曹丕には、それが手に取るように分かった。
「魏に帰ってからでも、戦うことは出来る。
私と共に来い」
武器を持っていない方の手を差し出す。
初めて、心から何かを欲しいと思った。
「私は……!」
「名家が好きか?
ならば、これから私が曹家を名家にしてやる」
「!?」
目の前の女が、目を見開く。
それを見て、曹丕は最初の問いに答えた。
「我が名は曹丕。
字は子桓だ。
そなたは、あの袁煕の妻か?」
何となく、気がついてはいた。
けれど、曹丕は今更ながら訊いた。
名門袁家の次男。
袁 顕奕の嫁・甄姫。
傾国の美女と呼ばれるほどの、知と美を兼ね備えた女。
それが、この戦場を駆けていることは知っていた。
「なぜそれを!」
甄姫が叫ぶ。
その様子が、面白いと感じた。
「これほどまでに美しい女を、見たことはないからな」
曹丕は真実を語る。
今まで、見たことがなかった。
これほどまでに、生に執着する美しい女を。
「……」
美姫が黙る。
曹丕は、それにもう一度畳み掛ける。
「来い。
この戦、袁家の勝ち目はない。
それとも、こんなところでのたれ死ぬか?」
真実を告げる。
烏巣はすでに我が陣営に落ちた。
袁家を見限る武将たちも増える一方。
勝ち鬨の声を上げるのは、袁家ではなく、曹家だ。
女が、こちらを見上げた。
飴色の瞳が、微かに和む。
「……無理矢理、連れて行こうとはなさらないのですね」
当たり前のことを訊かれる。
曹丕は、それにむっとした表情で答えた。
「そんなことをして、何になる」
無理矢理に連れて行っても、この女は手に入らない。
体だけでは意味がない。
貪欲な自分は、心までをも欲しているから。
「分かりましたわ、あなたの元に参ります」
一つ溜息を漏らして、甄姫が言った。
「ほう、中々に賢い女だな」
笑んで、曹丕は手を取る。
「その代わり、一つ条件がありますの」
妖艶、とでも言うべきか。
初めて見る笑みは、とても魅力的だった。
「何だ?」
「私に、天下を見せていただけますか?」
挑戦的に、女が言う。
愚問だ、と曹丕は思った。
「ふっ、そんなことでいいのか?」
「ええ」
赤い紅が、横に流れる。
優美な仕草に、曹丕は見惚れた。
「容易いな」
あまりにも簡単な願いに、笑みを禁じえなかった。
「お強い方、ですわね」
そう、甄姫も笑った。
この命ある限り、お仕えいたしますわ。