朝まで、一緒にいてくださいませんか?


 クラインに、珍しく嵐が訪れた。
 窓の外では、木々が大きくしなっている。
 風と雨が吹きつけ、激しい音が続く。
 時刻は夜。
 月の光も、星の光もない。

「明日の朝は、忙しくなりそうだ……」

 薄青色の髪の男が、そっと溜息をついた。
 クラインの王太子、セイリオス。
 紫の瞳には、明らかな憂いがあった。

 カチャ。

 扉を開こうとする音がした。
 セイリオスは、さっと身構えた。

 ほんの少し、扉が開かれる。
 ランプの仄かな明かりに照らされて、薔薇色の髪が見える。
 ほっと胸をなで下ろして、セイリオスは扉に寄った。

「ディアーナ」

 愛しい妹の名前を呼ぶ。
 大切に、大切に。

「お兄様……。
 ごめんなさい、ですわ」

 俯きながら、ディアーナが呟いた。
「どうしたんだい、こんな時間に」
 優しく、セイリオスは話しかけた。
 もう、夜も遅い時間。
 廊下には、誰もいない。
 一人で来てしまったのだろう。
「その、ごめんなさいですわ。
 わたくし……」
 口ごもる少女を、怒る気にはなれなかった。
 理由が、すぐに分かったから。
「怖い夢でも、見たのかい?」
 微笑んで、少女に問いかける。
「どうして、分かったんですの?」
 ぱっと顔を上げたディアーナは、目を丸くしていた。
「私は君の兄だからね」
 自分に言い聞かせるように、セイリオスは言った。
 兄だから。
 セイリオスは、心にその言葉を刻んだ。
「お兄様……。
 その、一つお願いがありますの」
 ほんのりと頬を染めながら、ディアーナが囁いた。
 その続きが分かってしまったから、セイリオスは首を横に振った。
「すまないがディアーナ。
 一緒に寝てあげることは出来ないよ」
「え、駄目ですの?」
 王女として育てられたせいなのか、少女はこういうことに疎い。
 紫水晶よりも美しい瞳が、微かに揺れる。
 寂しそうな、色が瞳に宿る。
「君はもうすぐ大人だ。
 あの頃とは、違うんだよ」

 まだ二人が幼かった頃。
 北の離宮にいた時を、思い出す。
 怖い夢を見たディアーナを、そっとベッドの中に入れてあげた。
 優しく名前を呼んで、お話を聴かせてあげた。
 今はもう、そんなことは許されない……。

「そう……ですわね」
 無理に、ディアーナが笑う。
 可哀相になって、セイリオスは薔薇色の髪を撫でた。
「全く。
 ディアーナは甘えん坊だね」
「わたくし、まだ子どもですもの」
 拗ねた表情で、少女が声を紡ぐ。
 愛らしいと、青年は思った。
「じゃあ、こうしないかい?」
「え?」
 誘惑に負けて、一つ提案をした。
「朝まで、お前の傍にいてあげよう。
 お前が悪い夢を見ないよう、すぐ横で」
「本当ですの?」
 ぱあっと顔が赤みを増す。
 薔薇のような微笑みが、向けられる。
 セイリオスも、それに笑みを返した。
「ああ」
「うれしいですわ」
 少女がふわりと笑う。
「お前は、可愛い妹だからね」 
 もう一度、セイリオスは言った。

 この少女は妹。
 かけがえのない、愛しい妹。
 それ以上でも、それ以下でもない。

 セイリオスは、妹の手をとった。


 二人の朝が来るのは、まだ先のこと――。
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