優
優しさは、時に身の破滅を生む。戦の爪あとが残る大地を、二人の男が歩く。
痩身の男と、その主。
言葉など交わすことはなく、ただ黙々と進んでいた。
足元には息も絶え絶えな兵が転がっている。
しかし、それを気に留めることはなかった。
二人にとって目の前の惨状は、常であったから。
「!」
青年が立ち止まった。
男も足を止め、主である青年を見遣った。
「そう……ひ、さま……」
かすれた声が耳に届く。
地に倒れていた兵士が、曹丕の足をつかんでいた。
最後の力を振り絞ったというところか。
何とも醜い姿だ。
司馬懿は黒羽扇を口元に当てた。
「ふん」
すがってきた命を青年は絶った。
いとも簡単に、腰にあった己の武器で。
足に絡みついていた手が、解ける。
瞬間、男は眉をひそめた。
「……なぜ、殺したのですか?」
静かな声で尋ねる。
答えなど訊かずとも分かっていた。
それでも問わなければならない。
主のことを、臣は良く知らなければならないから。
剣をしまう音が、場に響く。
「一時の苦しみで、永遠の安らぎを与えてやったまでだ」
口の端を上げて笑う。
その姿は慈悲など存在しないかのように、冷たく見えただろう。
司馬懿は、ゆったりと羽扇を揺らす。
小さな風が生まれる。
「そうでしたか」
一言だけ返すと、青年はまた歩き始めた。
痩身の男もまた、その後につき従った。
自分の考えの正しさに気づき、司馬懿は眉根を寄せた。
天下を治めるには、少々の慈悲があれば良い。
仁をもって政をなすために必要なもの。
それは、残酷な心。
にも関わらず、次代を任された王はあまりにも優しすぎる。
司馬懿は未来を案じながら、一つ息をついた。