蛍
蛍のひかり まどのゆき。歌いし時は、別れの時。
星の綺麗な夜。
望美は小さな声で歌を口ずさんでいた。
卒業式ではおなじみで、この時期に何度も練習させられていた歌を。
「先輩?」
ふいに声をかけられて、望美は歌うのをやめた。
振り返ると、そこには幼なじみが立っていた。
「譲くん。
どうしたの?
もしかして、眠れないとか」
一瞬心に不安がよぎる。
また、何か悪い夢でも見たのかもしれないと。
「眠れない、というよりは眠りたくないのかもしれません。
今日が最後ですから」
優しく微笑む彼に、望美はほっと息をついた。
この世界に来て、二度目の春。
色んなことがあったけれど、自分たちは明日、元の世界に帰る。
楽しい思い出も、辛い思い出も。
全部抱えて、この奥州を去る。
まだ何かやらなきゃいけない。
まだ帰ってはいけない。
そんな気がしたが、自分たちは決めてしまった。
もう、後戻りはしない。
これ以上のことは、この世界の人たちが掴んでいく運命。
だから、自分たちはいなくなる。
「何か、懐かしい感じがしますね」
「え?」
「歌のことです。
でも、どうしてその歌なんですか?」
「うーん、何となく。
この世界ともお別れだから、感傷的になってたのかも」
望美は長い髪をかき上げる。
本当に何となくだった。
どちらかと言うと、気がついたらの方が正しいかもしれない。
いつの間にか、あの歌を歌っていた。
「分かります、その気持ち」
「本当?
そうだ、ちょっと二人で歌ってみない?」
「蛍の光を、ですか?」
「うん。
この世界から卒業するわけだし、ね」
無理矢理な感じもしたけれど、譲を誘ってみる。
夜も遅いけど、小さい声なら平気だろうし。
何よりも、不安な気持ちを軽くしたかった。
歌でも歌えば、少しは楽になるかもしれない。
そう、思った。
「いいですよ。
じゃあ、一番だけ」
譲はふわりと笑って答えてくれた。
それが嬉しくて、望美も微笑んだ。
蛍の光 窓の雪。
歌うは別れの時になり。
静かな声は、天へと昇った。