苦
苦しみも、悲しみも、喜びも。全て一緒に味わいたい。
どうか、のけ者にしないでくださいね?
「どうして駄目なんですか!?」
「何と言おうと駄目なものは駄目だ!
いくらお前の頼みでも、俺は聞かないからな!!」
房の中に大声が二つ。
大柄な男と小柄の少女が、言い争いをしていた。
とても珍しい光景だった。
しかも、少女の瞳は微かに潤んでいる。
「せめて、理由を教えてください」
泣きそうになるのを堪えて、少女が夫を見つめる。
意志の強い瞳が、ついと逸らされる。
「……お前は女だろう。
戦場は危ねぇ」
ぼそりと声がもれる。
大喬はカチンとくる。
女だからという理由が気にいらなかった。
「孫策さまが、そんな器量の狭い方だとは思いませんでした!
女だからというなら、尚香さまはどうなるんですか!?」
力の限り叫ぶ。
声を上げる度に、胸が痛む。
自分だってこんなことを言いたくない。
大好きな人と喧嘩なんてしたくない。
それでも、戦場に連れて行ってもらえないのは嫌だ。
自分は守られるだけの存在でいたくない。
「あれは別だ。
とにかく、お前だけは駄目だ!
誰が許しても俺は許さねーからな!」
「そんなのひどいです、孫策さまらしくありません!
もう……いいです。
他の方に頼みます」
これ以上言い争っても仕方がない。
夫が頑固なのはよく知っている。
大喬はぷいと背を向ける。
「おい、大喬!」
制す声が聞こえたが、無視して前に進んでいく。
涙が零れそうになる。
「!?」
突然、後ろに引っ張られた。
同時に、強く抱きしめられる。
「孫策さま、やめてください!」
もがいて何とか抜け出そうとしても、余計に力を込められるだけ。
心臓は早鐘を打ち始める。
「嫌だ。
離したらお前は行っちまうだろう?」
いつもより低い声が降ってくる。
鼓動が一つ跳ねた。
「あ、当たり前です!
だって孫策さまが許してくださらないから」
「当たり前だろう。
あんな危険なところに、お前を連れて行けるか。
怪我でもしたらどうする?
下手したら死んじまうんだぞ……」
苦しげな声が耳に届く。
また、心臓が跳ねる。
「そんさく、さま?」
ちらりと上を見上げる。
そこには、悲壮な表情があった。
涙を堪えているような、辛そうで痛そうで。
苦しみに耐えているのが、見てとれた。
ズキンと心に痛みが走る。
「お前までいなくなっちまったら、俺は……」
言葉が切れた。
抱きしめられる力が、一層強くなる。
「孫策さま。
私は、守られるだけじゃ嫌なんです。
頼りにならないかもしれないけど、それでも。
それでも、孫策さまのお役に立ちたいんです」
自然と微笑みが浮かんでくる。
この人を守りたい。
苦しみも、悲しみも、喜びも。
二人で一緒がいい。
だから――。
「大喬……」
すっと腕から解放された。
痛々しい瞳がこちらを見つめる。
いつになく寂しげで、優しい。
きちんと向き合って、大喬はもう一度言った。
「だから、お傍にいさせてください。
迷惑はかけないようにします」
ぺこりと頭を下げて、お願いをする。
分かって欲しかった。
大好きな人だからこそ、自分の気持ちを。
「仕方ねぇな」
ため息が聞こえて、ぱっと顔を上げる。
そこにはいつもの彼がいた。
「いいんですか?」
「ああ、いいぜ。
けど無理はすんなよ。
お前が傷つくのは見たくねぇ」
苦笑して、孫策が言う。
少女はそれに大きく頷いてみせた。
「はい、ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべて、大喬はお礼を言った。
苦しみも、悲しみも、喜びも。
どうせなら全部、一緒がいい。
だから、ずっとお傍に置いてくださいね?