小さな雫が、地の上を跳ねた。
 一つ、二つと雫は確実に増えていく。
 その度に、少女の鼓動も早まっていくのだった。



「大丈夫かしら?」
 翠の瞳を持つ少女は、一人ごちる。
 吐かれた息は僅かに白い。
 寒い季節が近いことを、改めて感じさせられる。

 兄と、仲の良い友人たちが戦に行って一月が経つ。
 雨は呉軍にとって、恵みとなるのだろうか。
 ……それとも……。
 そこまで考えて、少女は首を横に振る。
 留守番役を命じられた尚香は、部屋の窓から外を見つめる。
 ただじっと、まばたきすら惜しむように院子を眺める。
 空から落ちてくる雫はきっと冷たいだろう。
 降る水は体温を奪い、命まで奪いはしないだろうか?
 ふと、そんな不吉なことを考えてしまう。
 胸の奥で鼓動が跳ねる。
 地を跳ねる雨のように、だんだんと数が増えていく。
 逸る鼓動を抑える術など、尚香には分からない。
 父様も、兄様も教えてくれなかった。
 侍女だって教えてくれない。
 長椅子の上で、尚香はそっと膝を抱く。
 雨は、しばらくやみそうにはなかった。

 早く帰ってきて。

 少女はぎゅっと目を瞑る。
 膝を抱える手に、力がこもる。
 ただ祈ることしかできない。
 ただ叫ぶことしかできない。
 尚香は心の底から乞い願う。
 皆が無事であるように。
 大きな怪我をしないように。
 自分を……おいて逝かないように。

 思いが雨となり、かの地の仲間に届けばいい。
 皆の心に染み入ればいい。
 少女は声なき声を紡ぐ。
 強さを備えた優しい音を、思いを。
 降り続く雨に託す。
 どうかどうか、
 また笑い合えますように、と。
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