お誕生日

 それはある日のギョウでのできごと。
 皇帝曹丕の気まぐれは、今日も炸裂していた。


 回廊を足早に歩く男一人。
 その名は司馬仲達。
 魏の若き軍師で全身紫ずくめと言う、ちょっと微妙な色彩感覚の持ち主。
 このギョウ城ではとても有名な話だが、誰も突っ込みはしない。
 つまりは、暗黙の了解というやつだ。
 ……誰だって、好んであのビームの餌食にはなりたくないのである。

 紫まみれの男が、ある部屋の前でぴたりと足を止めた。
 そして、丁寧に礼をとった。

「仲達か」

 それに気がついて、部屋の主が男を呼んだ。

 曹子桓。
 今現在の、司馬懿の主だった。
「お呼びと聞いて、参上いたしました」
 頭を垂れたまま、司馬懿が口上を述べた。

(一体、今度は何をする気なんだ?)
 呼ばれた男は、心の中で呟く。

 こうやって呼ばれる時は、何かしら悪いことだ。
 予感と言うよりも、これは確信。
 表情に乏しい目の前の君主が、とてつもなく上機嫌そうにしているから。

 と、言っても分かるのは司馬懿と、妻の甄姫ぐらいだろうが……。

「宴をするぞ」
 嬉しそうに、曹丕が言った。

(この小僧、一体何を言い出すかと思えば!)
 
 司馬懿は、今すぐにも羽扇からビームを放ちたくなった。
 しかし、そこは軍師。
 自分の感情をコントロールする能力はあるらしい。
 はやる気持ちを抑えつつ、ゆったりと顔を上げた。

「今度は……、一体何の宴でしょう?」
 声を抑えて、主に問う。
「甄の誕生日祝いだ」
 さも当たり前だと言うように、曹丕が答える。
「さようで……。
 (この男の頭の中には、あの女のことしかないのか!)」
 今にも切れそうな血管。
 それを何とか押さえ込み、司馬懿は言葉を捜す。
 
 (怒ってはいけない、怒ってはいけない。)

 そう、司馬懿は自分に言い聞かせた。
「何か言いたそうだな、仲達よ」
 臣下の挙動不審さに気がついたらしく、(今更だが)皇帝が怪訝な表情をする。
「いえ、何も。
 ところで、いつ頃なさるおつもりですか?」
 とりあえず、必要事項を訊いておこう。
 司馬懿は懸命な選択をした。

「今からだ」

 ふっと曹丕が微かに笑った。
 マジで切れそうな5秒前。
 へそで茶は沸かせないが、頭から湯気は出てきそうだ。

「!?(仕事はどうする馬鹿めが!)
 お仕事は……終わられたのですか?」

 一応、冷静っぽく装ってみる。
 無駄だろうとなんだろうと、司馬懿は努力をすることが大好きだ。

「無論」

 その自信満々な言葉に、司馬懿は驚きながらも卓に近寄った。
 山になっている竹簡。
 紐解いてみれば、そこには流麗たる文字が羅列していた。

 しっかりと終わっている……。

 そこにあるもの、全てを見たが終わっていないものは無かった。
「……いつも、これだけ早く済ませてしまえばいいものを……」
 不覚にも、今度は声に出してしまった。
 正直、ちょっと感動してしまったから。
 司馬懿ともあろう者が。
「何か言ったか?」
「いえ。
 しかしながら、今からでは支度が整いません」

 曹丕の言葉を無視、いや、制して言葉を続ける。
 まず、誰を招くのかを決め、料理や酒を用意して……。
 やることは盛りだくさんだ。
 この忙しい時に。
 司馬懿は、心の中で舌打ちをした。

「だから、私とお前で祝うのだ」
 これこそ妙案!
 とばかりの表情で、曹丕がふんぞり返っている。

 ……そんな風に見えるのは、やっぱり司馬懿と妻の甄姫だけだが。

「何と仰いました?」
「私とお前とで祝うと言った。
 もう、更年期障害か?」
 哀れな、と曹丕が溜息をついた。
「(この凡愚め!)
 ……申し訳、ありません」

 何で謝っているのか、とちょっと思ったりもした。
 しかし、ここで話をややこしくするのは時間の無駄。
 司馬懿は、とりあえず頭を下げた。

「まあいい。
 さて、行くぞ」
 曹丕が立ち上がった。
 その気配に、司馬懿も頭を上げる。
「どこへ行かれるのですか?」
 まるっきり分からなくて、司馬懿が尋ねる。
「玄武苑だ。
 料理も酒も、すでに手配は済んでいる。
 行くぞ」
 にこやかな笑みを浮かべて、曹丕は歩き始めていた。

 何度も言うが、そう見えるのは司馬懿と妻の……。

「はあ」

 何と用意周到なことだ。

 司馬懿は盛大な溜息をついて、その後をついて行った。



 こうして、三人だけの小さな宴が始まった。
 到着した瞬間、傾国の美女に司馬懿が睨まれたのは、言うまでもない事実だった。

雪人さんへのBDプレゼントに押し付けたもの。
ギャグは楽しいですね〜v

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