夕立
夏の暑い日のことだった。「雨?」
顔に、ぽつりと何かが落ちてきた。
見上げれば、空には暗雲が立ち込めている。
「孫策さまにお教えしなきゃ」
大喬は、パタパタと東屋の方に走っていった。
「孫策さま、起きてください」
石卓にうつ伏せになって、孫策はすやすやと眠っていた。
大きな体を揺さぶるが、夫は一向に起きる気配がない。
「こんなところで寝ていたら、風邪をひいてしまいます!」
雨は、すでに大きな音を立てて振ってきている。
夕立だろう。
勢い良く水が地面を叩きつけている。
「ん〜……。
大丈夫……だって」
はっきりとしない声が聞こえる。
まだ、彼は夢の中の住人らしい。
「もう、孫策さまったら!」
仕方なく、大喬は隣に腰を降ろした。
「……」
ふと、東屋の外を見る。
青々と茂る緑に、雫は容赦なく降り注ぐ。
ざあざあという音だけが、耳を支配する。
静かではない。
どちらかと言えば、うるさい方だ。
なのに、大喬は心が落ち着いていくのを感じていた。
「不思議」
そっと、呟いてみせる。
紡がれた旋律は、力強い雨音に掻き消された。
立ち上がり、大喬は東屋の柱まで近づく。
雨が吹き込んできて、頬や手に雫が当たる。
それが何だか気持ちよくて、大喬はもう一歩前へ進もうとした。
「!」
が、それは何かに阻まれて出来なかった。
「お前が、風邪ひいちまうぞ」
聞き慣れた声が振ってくる。
いつの間に起きたのか、気がつけば孫策の腕の中にいた。
「孫策さま!?」
大喬は突然のことに、驚きを隠せなかった。
思わず大きな声を上げてしまう。
「どこに、行く気だったんだ?」
「え?」
筋肉質な腕に、力が込もる。
自分の体が、さっきよりもきつく抱きしめられる。
「お前が、どっか行っちまうのかと思った」
顔がすぐ横まで来て、耳元で囁かれた。
聞こえた声は、微かに震えていて、いつもよりも低く思えた。
苦しそうで、悲しそうで。
何より、すごく寂しそうだった。
胸がぎゅっと締めつけられる。
切ない想いが、体中を駆け巡る。
「どこにも行きませんよ」
少しだけ顔を横にして、彼に告げる。
自然と、笑みが浮かぶ。
「私のいるべき場所は、ここだけですから」
安心させたいからじゃなく、自分の意思をそのまま伝える。
私の在るべき場所。
それは、間違いなくここだと思うから。
「あぁ」
短い答えが返ってくる。
それだけで、充分だった。
小さな温もりが、自分の唇にそっと重ねられた。
暑い夏の日。
夕立の降る中。
東屋の中で、二人は愛を語り合う。
そこは、雨に閉じ込められた二人だけの世界だった。