祈り

 長かった女王試験も、いよいよ終わりに近づいていた。

 最初は劣勢だった金の髪の女王候補。
 何の教育も受けていない少女と、幼い頃から女王となるべく育てられてきた少女。
 二人の力の差は歴然としていた。
 青い瞳の女王候補の勝利かと思われていた。

 けれど、それは逆転した。
 金の髪の女王候補は、持ち前の明るさと努力でその差を埋めた。
 いや、それどころか少女は証明してみせた。
 女王とは後天的な教育によってつくられるものではなく、内に宿るサクリアによって目覚めるものだと。

 
 数日後には、中央の島に建物が建つという日。
 金の髪の女王候補は、森の湖に足を運んだ。
 目的は一つ。
 滝に祈るため。
 願いは明らかだった。
 大好きな、あの人に逢うため。
 夢見る天使は、瞳を閉じ、両手を組む。
 そして、滝に一心に願った。

 風が横を通り過ぎる。
 閉じていた目を開け、流れる滝を見つめる。

「そこにいるのは、お嬢ちゃんか?」
 聞き慣れた声がする。
 飛空都市広しと言えども、自分をこう呼ぶ人はたった一人しかいなかった。
「オスカー様!」
 嬉しくて、彼の元まで走り寄る。

 始めは、「お嬢ちゃん」という呼び名に腹を立てていた。
 それが今では、わたしの一番の理解者。
 試験の間、いつも傍にいてくれた。
 わたしが苦しんでいる時は、その身に宿る強さを贈ってくれたこともあった。
 優しい、優しい炎の守護聖様。

 それと同時に、自分に恋を教えてくれた人。
 蕩けるような甘い笑みと、ささやきを与えてくれた人。
 世界中でたった一人だけ。
 
「こんなところで逢えるとは思わなかったぜ、お嬢ちゃん」
 この宇宙一のプレイボーイは、目を細める。
 ドキッと胸が高鳴る。
 真っ直ぐなその眼差しには、まだ慣れそうにない。
「オスカー様が本当に来てくれて、嬉しいです!」
 少女はにこりと笑う。

 願いが通じた。
 最後のチャンスを与えてくださった女王陛下に、心の中でそっとお礼を言った。

「?
 ということは、お嬢ちゃんが俺を呼んだのか?」
 風が緋色の髪をさらっていく。
「はい!」
 元気に答える。
 
 嬉しい。
 この宇宙で一番大好きな人が目の前にいる。
 当たり前のように心臓は、早鐘を打つ。

「そう、か……」
 先程まで笑っていた青年の顔が曇る。
 アンジェリークは、首を傾げる。
「あの。
 わたし、今日はオスカー様に伝えておきたいことがあって」
 あまり気にせず、口を開く。
「……!」
 薄青色の瞳に、戸惑いの色が映し出される。
 そして、彼はそのまま顔を背けてしまった。
「オスカー様?」
 不安になって、名前を口にする。

 いつもなら「何だい、お嬢ちゃん?」って笑ってくれるのに。
 甘い言葉を言ってくれるのに。

「……悪いが、それは聞けそうにない」
 歯切れが悪そうにオスカーは言った。
「えっ!?」
 突然の発言に、驚きを隠せない。

 まだ、何も言ってないのに……。

「どうして、ですか?」
「どうしても、だ。
 君が何を言いたいのかは、分かった……」
 視線を逸らしたまま、言われた。
 一体、どうして?
 何度も心の中で問いかけを繰り返す。
「お嬢ちゃんが、女王になるんだ。
 君ならなれる」
 オスカーは静かに告げる。

 この人は、何もかも悟っていたんだ。
 わたしが、「好き」っていう気持ちを伝えようとしていたことを。

「そんな、わたしは!」
 少女は、薄青色の瞳を懸命に見つめる。

 知ってほしい。
 分かってほしい。
 自分のこの想いを、気のせいで片付けてほしくなかった。
 受け止めてくれるだけでいい。
 応えてくれなくても構わない。
 ただ、聞いてほしいだけなのに。
 先程とは違う意味で、鼓動は早まっていく。

「それ以上、言うな。
 君はこんなところで終わるレディじゃない。
 もっと、高みへ昇る使命を持っている……」

 いつもとは違う、押さえた声。
 
 どうしてそんな声をするの?
 どうしてこっちを見てくれないの?
 何で、いつもみたいに笑ってくれないの?
 ずるい。
 これじゃ、余計に辛いだけ。

「オスカー様は……わたしが嫌いなんですか!?」

 瞳の奥から熱いものがこみ上げてくる。
 それは、一筋の光を宿して頬を伝っていく。

 嫌われているのなら諦められる。
 けど、そんな風に見えない。
 勘違いかもしれない。
 気のせいなのかもしれない。
 自分が都合のいいように考えてるだけ?

 それなら、どうして苦しそうにしてるの?

「……いいかいお嬢ちゃん。
 これが最初で最後だから、しっかり聴いてくれよ」

 意を決したように、オスカーがこちらを見つめた。
 いつにもまして真摯な眼差し。
 薄青色の瞳は、冷たさなど微塵も見えない。
 意思がこめられたその瞳に、吸い込まれそうになる。

「俺は君が好きだ。
 世界で一番、いや、宇宙で一番君を愛してる」
 
 艶のある、誰をも魅了してやまない声が音を紡ぐ。
「……いま……なん……て?」

 信じられなくて、聞き返す。
 声は掠れ、うまく音にすることができない。
 これ以上ない喜びで胸が震える。
 ずっと、ずっと欲しかった言葉。
 夢にまで見た、甘やかな響き。
 瞳から透明な雫が次々と溢れてくる。

「けれど、今この宇宙は君を欲している。
 俺よりも、ずっと……。
 だから……今は」
 瞬間、強引に引き寄せられる。
 精悍な胸の中に抱きしめられた。
 初めて味わう温もりに、アンジェリークの胸は高鳴っていく。

「オスカー……さま」

 やっとのことで青年の名を呼ぶ。
 一番大好きな音。

「愛してる、アンジェリーク。
 もし君がこの聖地を去るとき、その時は俺のものにする。
 いいな?」

 抱きしめられている腕に、一層力がこめられた。
 とくんと、鼓動が跳ねる。
 頬の辺りが熱い。
 胸の奥が温かい。
 幸せで満たされていく。

「はい……」

 少女はうなずき、彼の背中に腕を回した。




 そして天使は高く高く昇っていった。
 孤高の存在となるべく、黄金の翼を羽ばたかせて。
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