雪に祈る日
天使の羽は、雪となる。ひらりひらりと舞い落ちながら。
オスカーは、ふと空を見上げた。
純白の雪。
それは、まるで降らせている少女のようだった。
優しくて、儚くて。
それでいて綺麗。
どこまでも無垢で、純粋な金の髪の少女。
本当に良く似ていると、オスカーは思った。
***
トントントン
軽く三回、扉をノックする。
大理石で出来た宮殿の一角。
最も尊き存在の住まう部屋の前に、オスカーは立っていた。
「どうぞ、開いてるわ」
中から、聴き慣れた声がした。
言われた通り、オスカーは扉を開けた。
「無用心だな、狼でも入ってきたらどうするつもりだ?」
悪戯っぽく笑って、少女にウインクをする。
愛らしい彼女に良く似合う、リボンやレースのあしらわれたワンピース。
それに身を包む恋人は、とても可愛らしいと思った。
部屋は暖かな色彩でまとめられている。
主の雰囲気を、そのまま表していた。
「いらっしゃい、オスカー。
そうね、その時はあなたに助けてもらうわ」
朗らかに言った少女に、男は思わず苦笑する。
目の前にいる男は、彼女にとって狼には見えないらしい。
随分と信頼されたものだと、オスカーは思った。
「それもそうだな。
ほら」
用意していたプレゼントを、オスカーは手渡した。
一輪の、白い薔薇。
少女の好きな色のリボンを結んである。
「え?」
きょとんとしている少女に、そっと囁く。
極上の声で、耳元に唇を寄せて。
「一人で頑張るお嬢ちゃんに、俺からのプレゼントだ」
背にある羽と同じ色の、純白。
彼女が降らせた贈り物と同じ、無垢な色の薔薇。
「あら、頑張っているのは私だけじゃないわ。
アンジェリークも、教官や協力者のみんな。
それに、あなたたち守護聖もよ」
無邪気な微笑みが眩しい。
慈愛に満ち溢れた、女王陛下らしい答えだった。
「君らしい考え方だな」
「私は本当のことを言っただけよ」
「そういうことにしておきましょうか、女王陛下」
「あ、子どもっぽいって思ったでしょう!」
「まさか。
君にそんなことを思うわけないだろう?」
小さな手を取り、そっと口付けを落とす。
「もう……」
頬を赤く染めた少女を見て、オスカーは満足そうに笑んだ。
***
「ねえ、オスカー。
雪祈祭をどう思う?」
窓から外を眺めながら、少女が問いかけた。
「素敵なイベントだな。
君やあのお嬢ちゃんに感謝する日、なんてな」
すぐ隣に寄り添い、愛しい少女の髪をすく。
ほのかに甘い香りがする。
心地良い感覚が身を包んだ。
「ふふっ。
あのね、雪祈祭って『聖なる夜』の名残だと思うの」
嬉しそうに、少女が告げる。
大切な秘密をもらす時のような、悪戯っぽい笑みを浮かべながら。
溢れんばかりの魅力を感じながらも、オスカーは言葉を紡ぐ。
「聖なる夜か。
そう言われれば、そうかもしれないな」
冬の始まりを告げる月の、終わりごろ。
一部の地域であったお祭りの一つで、世界の創世者に感謝し、祈りを捧げる特別な日。
確か主星ではパーティーを開いたり、贈り物をしあう日でもあった。
「でしょう?
何だか、そう考えたらいてもたってもいられなくて」
弾けるような声が、心に響く。
可愛らしい少女の仕草に、自然と笑みがこぼれる。
「だから雪を降らせた、か」
「ええそうよ。
だって、私も聖なる夜に、雪が降ってほしいって思ったもの。
主星では無理だったけど」
気候的にね、と少女は小さく笑った。
聖なる夜に降る雪は、感謝の気持ちが届いた証拠だと言われていた。
けれど、主星は聖地と同じく常春の地。
雪が降るには気温が高すぎる。
それゆえに、主星に住まう人たちは雪に憧れたという。
何かを読んで得た知識だったか、聞いて得た知識だかは忘れてしまったが。
「夢が叶った気分は?」
オスカーは恋人に問いかける。
訊いて欲しい、という表情をしていたから。
正直なのは、彼女の魅力の一つだった。
「最高よ!
すごく嬉しい」
本当に幸せそうに、少女は答える。
「それは良かった。
俺は君の、とびきりの笑顔が見られて嬉しいぜ」
緑柱石色の瞳を、捕らえる。
このまま、自分だけのものにしてしまいたい。
そんなことを考えてしまうほど、その笑顔は愛らしかった。
少女が、くすっと声をもらした。
「オスカーは相変わらずね」
「君もな」
髪をすくのをやめて、オスカーは口元に笑みをはいた。
彼女は、そう簡単には手に入らない。
何しろ少女は、宇宙に望まれた至尊の存在なのだから――。
「あ、でもね。
自分の夢が叶った喜びより、もっと違う意味で嬉しいの」
「ほう」
「アルカディアのみんなが、喜んでくれたこと。
それが一番嬉しいのよ」
微笑んだ少女の表情は、あの頃のものとは違っていた。
赤いリボンを結んで、駆け回っていた女王候補時代。
その頃よりも、大人びた微笑だった。
「すっかり女王陛下だな」
「そうみたいね」
楽しそうに、彼女も言う。
嬉しい変化に、胸が躍る。
今、この瞬間を独り占めできたことに、オスカーは喜びを感じた。
「では陛下、民の喜びの声を直に聞いてみたくはありませんか?」
「え!?」
緑柱石色の瞳が、見開かれる。
驚喜と不安。
二つの色が、混在する。
「補佐官殿からは、了承を得ている」
「だって!
……いいの?」
首を傾げる少女に、オスカーは茶化してみせる。
「俺という護衛だけではご不満ですか?」
逆に訊いてみれば、少女は首を横に振る。
懸命な様子が可愛い。
「ありがとう、大好きよオスカー!」
無邪気な声が響く。
素直な愛の告白は、情熱の炎を灯すのに充分だった。
「……!!」
目の前の少女を掻き抱く。
オスカーは耳元に唇を寄せた。
「俺も愛してるぜ。
アンジェリーク」
最愛の少女の名と、愛の言葉を紡ぐ。
みるみる真っ赤になっていくその頬に、男はそっと口付けを落とした。
その夜、天使が地上に舞い降りた。
緋色の髪の男に守られながら、金の髪の天使は柔和な微笑みを浮かべていた――。