生誕の日
あれは、守護聖になって間もない頃。十二月だというのに、聖地は相変わらず暖かかった。
その中で、炎の守護聖オスカーは、なぜか落ちつかない様子でいた。
「オスカー」
ふいに声をかけられて、青年は後ろを振り返った。
「カティス様」
砂色の髪の男は、朗らかに笑っていた。
オスカーは、きちんと礼をとる。
「カティスで構わない。
ところで、最近何だか嬉しそうだな。
いいことでもあったのか?」
気さくな雰囲気で話しかけられる。
それが心地よいと、オスカーは思った。
「実は、誕生日が近いのです」
小さく笑って、答える。
改めて口にするのは恥ずかしい気もしたが、自分が生まれた日がくることは、とても嬉しいことだった。
望まれて生まれてきたことを、実感できる大切な日。
だから、オスカーは聖地に来てからも指折りその日を数えていた。
この年でと、からかわれたくなかったから、あまり話したことはなかったが。
「……そうか」
先ほどまでの笑顔を崩して、カティスは難しい顔をした。
その変化に、オスカーは首を傾げる。
「何か?」
まずいことを言ってしまったのだろうか?
まだ聖地に慣れきっていない青年は、男の表情の意味が分からなかった。
「お前も、そろそろ知っておいた方がいいな」
ぽつりと呟くと、カティスはマントを翻した。
「ついて来い。
少し早いかもしれないが、バースディプレゼントをやろう」
オスカーは頷いて、カティスの後について行った。
来たところは、王立研究院。
星の間から少し離れたところに、小さな部屋があった。
招かれるまま、オスカーは扉をくぐる。
そこには、神鳥をかたどった噴水があるだけだった。
「ここは?」
尋ねると、カティスは無言のまま笑む。
部屋は薄暗く、落ち着いた雰囲気だと思った。
「特別な場所だ。
水面を見てみな」
言われるまま、オスカーは水面を覗いた。
水が流れる音だけが聞こえる。
波紋が均一に広がっていく。
「!」
水面は、水底ではないものを映し出した。
ごく普通の、どこにでもいる家族の姿。
優しそうな母親と、青年と女性。
聖なる夜が近いのか、部屋にはリースが飾られている。
「……これは……」
オスカーの瞳に映ったもの。
それは、明らかに自分の親兄弟だった。
何ヶ月か前まで暮らしていた、懐かしい我が家。
思い出のたくさんつまった暖かい家。
「何が映っている?」
今まで黙っていたカティスに問いかけられた。
その瞳はわずかに寂しげだった。
「母と弟と、妹が。
成長、していましたが……」
オスカーは視線を床に落とす。
カティスの顔も水面も、見ていられなかった。
まだこちらに来て一年も経っていない。
それなのに、弟と妹は明らかに大きくなっていた。
自分と同じくらいの年に見えた。
少年は、青年に。
少女は、女性に。
確実な成長を遂げていた。
「聖地と外界は時間の流れが違う。
親も兄弟も、自分より先に死んでしまう。
守護聖になるということは、そういうことだ」
静かに、男は告げた。
その言葉に、オスカーは何も言うことが出来なかった。
それ以来青年は、年を数えることをやめた。
自分が年を経ていくごとに、外界に残してきた家族のことを思い出してしまうから。
あちらでは、どれだけの時間が経ったのだろうと。
だから、オスカーは誕生日を祝わなくなった。
***
女王試験も、中盤。
飛空都市での生活にも、大分慣れた頃だった。
聖殿を駆け回るお子様たちが、何やら楽しそうにしていた。
その理由を知ったのは、女王候補の言葉からだった。
『誕生日』が近い。
ただそれだけのことだった。
「オスカー様も、そろそろ誕生日でしたよね?」
育成を頼みに来た少女は、にこりと笑って言った。
金の髪が微かに揺れ、甘い香りが渡る。
「ん、ああ」
男はいつもと変わらぬ素振りで答える。
女王候補には、あらかじめ守護聖の資料が渡される。
写真付きの、簡単なプロフィールの書かれたものが。
少女が自分の生まれた日を知っていたのも、そのためだろう。
誕生日、という言葉がとても懐かしく思えた。
思い出すのは、年を数えるのをやめたあの日のこと。
プレゼントをくれた彼の人は、一体今どうしているのだろう?
砂色の髪の男の姿が、ふとよぎる。
「マルセル様みたいに、喜んだりしないんですね」
女王候補は小首を傾げる。
彼女の中でも、誕生日は喜ばしいことなのだろう。
大きな瞳は見開かれている。
「いい男ってのは、いくつになっても変わらないだろう?
数える必要なんてないからな」
口元に笑みをはき、オスカーは答える。
強さを司る守護聖は、弱くてはいけない。
信念を、オスカーは貫き通す。
「オスカー様らしいですね!」
満面の笑みで、少女が言った。
少女の可愛らしい笑顔は、人を惹きつける力がある。
男は密かに思った。
「俺らしい、か。
いい言葉だな」
まるで自分に言い聞かせるように、オスカーは呟いた。
目の前の少女は、それを気にすることなく問いを重ねた。
「ところで、オスカー様はお祝いとかなさらないんですか?」
「今のところ予定はないな」
「そう、ですか……」
明らかにしゅんとうな垂れた少女を見て、オスカーは驚きを隠せなかった。
なぜ、彼女が落ち込む必要があるのか。
さっぱり分からなかった。
「お嬢ちゃん?」
緑柱石色の瞳を覗きこむ。
瞳は、悲しそうに揺れていた。
少女は顔を上げ、まくし立てるように言葉を紡いでいく。
「パーティーとかは無理ですけど、せめて何か差し上げたいなって。
クッキーや、ケーキぐらいはって思ってたんです。
あ、でも!甘いものお好きじゃないですよ、ね?
あの……こういうの、ご迷惑ですか?」
喋りながらも、器用に表情を変える少女がとても面白いと思った。
自分の周りにはいなかった、新しいタイプだ。
落ち込んだり、浮上したり。
忙しい少女を見ていると、心の中が温まるような気さえしてきた。
これも、彼女の持つ女王の資質の一つなのかもしれない。
「お嬢ちゃんがくれるなら、何でも嬉しいぜ。
もちろん、祝いの言葉もな」
軽くウインクをしてみせる。
綺麗な色の瞳を、悲しみの色で染めたくなかった。
だから、そう告げた。
「えっ!?
本当ですか?」
「嘘だと思うかい?」
「いいえ!
ありがとうございます!」
心からの笑顔を見れたことに、オスカーは満足感を覚えた。
これで良かった。
炎の守護聖は、少女の頭を優しく撫でた。
こんな風に祝ってもらえるなら、いいかもしれない。
『生まれてきてありがとう』と、誰かに言ってもらえる。
これほどまでに素晴らしいことは、年に一度きりだ。
彼女も、いずれ知ることになる。
聖地と外界の、時の流れの違いを。
それまでは、教えることもない。
笑顔をたやさないで欲しい。
そう、願うから。
オスカーは心の中でそっと呟いた。