枯葉舞う頃
静かな部屋の中。羊皮紙に文字を書く音だけが響く。
たくさんの書物に囲まれながら、青年は黙々と目の前の仕事を片付けていた。
しばらくして、青年は羽ペンを元の場所に戻した。
「さて、そろそろ出るか」
深い溜息を一つつき、椅子を引く。
大きく背を伸ばしてみると、疲れていたことに気が付く。
「……また兄貴に怒られそうだな」
青年はポツリと呟いた。
時計に目をやり、また溜息をつく。
今日もいつもと変わらない一日。
書物を図書寮に戻す。
その後、シオンのところで仕事の話をしながら、お茶に付き合う。
王宮から帰ったら、自分の研究の続きをする。
いたって単純で、何の刺激もない平凡な日。
……アイツが来る前の生活に戻っただけの話。
自分に似合いのスケジュール。
自嘲気味な笑みを浮かべ、キールは身支度をする。
そして、部屋を後にした。
「秋か……。
早いもんだな」
院の渡り廊下で、青年はふと立ち止まった。
いつの間にか、葉は身にまとう色を変えていた。
赤に黄、色とりどりの葉が風に揺れて音を生む。
キールは瞳を閉じ、それに耳を傾ける。
メイが帰って半年――。
またこの季節が巡ってきた。
自分の好きな季節が……。
そっと瞳を開ける。
優しい風がすぐ横を通り過ぎた。
キールは何かに誘われるように、ふらりと庭に向かった。
少し歩くと、裏庭に出た。
そこには、先程よりもたくさんの木々が自らの存在を主張していた。
緑の色合いをより一層深めた葉。
赤や黄の鮮やかな色彩。
力を失った葉は、自然の理にならって土へと還る。
歩くたび、カサリと音がする。
枯葉を踏みしめる音が、自分は好きだった。
耳障りだとは思わない。
「キールって案外ロマンチストなんだね〜」
そんな風に言われたこともあった。
今考えると、あれも思い出の一つ。
「……」
キールは何となく、その場に倒れこんでみた。
ガサッと大きな音が響く。
空をじっと見つめる。
見えるのは、不愉快なくらい澄んだ空。
それと、今にも落ちてきそうな葉をつけた木々。
冷たい風が頬をくすぐる。
雲は流れ、葉はもたらされる風でその身を揺らす。
自然が、時を刻んでいく。
時間は、決して止まることなどない。
「アイツの目の色に似てるな……」
すぐ側にある枯葉を掴む。
手を天にかざし、掌を開く。
風をはらんで、それらは舞うように落ちていく。
地へと、戻っていった。
「キレイ、だな」
キールは口の端を歪める。
一年。
枯葉色の瞳を持った少女は、嵐のようだった。
行きたいところに行って、全てをメチャクチャにかき回した。
しかも、気が済むまで絶対に止まらない。
飽きればポイントを変えて、さっさとどっかに行ってしまう。
そんな、とんでもない奴だった。
始めは自分のせいだったから、仕方なく面倒を見ていた。
迷惑で、うっとうしくて、邪魔だった。
そう、始めの頃は――。
「キール!」
いつの間にか、その声を聞けないうちはどうにも落ち着かなくなった。
補助魔法をかけるのを口実に、彼女の笑顔を見に通った。
いつだって笑っていた少女。
元気で温かい。
弱虫のくせに、強がりばかり言うおかしな奴。
気が付いたら、彼女に惚れていた。
本当に知らないうちに。
叶うはずなんてなかった。
抱くことすら愚かな感情。
分かっていた、彼女が元の世界に帰ることなんて。
元から、住む世界が違っていたのだから。
ここには、彼女の両親も友人もいない。
全て仮初めの世界。
「幸せ、だよな。
やっと自分の世界に帰れたんだ。
当たり前、か」
記憶の中の少女を想う。
想っても仕方がない。
今更、意味なんてない。
なのに、こうやって引きずってしまうのはなぜだろう?
嫌いにもなれなくて、忘れることも叶わない。
辛いような気がするのに、いつまでもこの余韻に浸っていたいとも思う。
初めて味わう甘美な感情。
翻弄されつつも、キールはそれに酔っていた。
「さて、もう行かなきゃな」
手に少し力を込め、体を起こす。
立ち上がり、袖や裾についた葉くずや砂ぼこりを払い落とす。
散らばっていた書物を抱え、キールはふと視線を下に向けた。
「……これぐらいは、許してくれよ」
キールはそっと枯葉を一枚手にし、王宮の方へと向かっていった。
メイの目の色によく似た一片の葉が、キールの手に中に存在していた。