喧嘩

「芽衣、長老たちだって悪気があったわけじゃないんだ。」
「じゃあ、悪気がなかったら何やってもいいってゆーの?!」
「誰もそんなこと……。」
「もう、いい!
 キールなんて大嫌い!!」
 栗色の髪の少女は大声を張り上げ、走りだした。
「おいっ……!
 こら、芽衣!」
 叫ぶ声は廊下に響き渡り、自分にはね返る。
「くそっ……!」
 少年は立ち尽くし、自分の力のなさを悔いた。


 ―――泣いていた―――


 いつもうるさいぐらいに元気な少女。
 突然連れてこられたこのクラインでも、少女は抜群の順応性で今まで笑って過ごしていた。
 褒めてやりたいぐらい彼女は明るく、強かった。
 そんな彼女を、自分が泣かせてしまった。
 心の中は、罪悪感で一杯だった。

「多分、甘えすぎたんだな……。」
 何を見るわけでもなく、天井を仰ぎ、キールは大きな独り言をつぶやく。
 誰かに聞いてもらいたい訳ではなかった。
 けれど、声に出さず一人で抱えるには重すぎた。
「すまない、芽衣……。」
 彼女に聞こえるはずのない謝罪の言葉。
 届かぬ声は、芽衣の残像の残る廊下に溶けこんだ。



「あんなこと、言うつもりじゃなかったんだけどな……」
 少女は、自分のベッドに横たわり枕を抱える。
 きゅっと、抱きしめる腕に力を込める。

 ……そう、言うつもりはなかった。

 怒りと悲しみが爆発して、自分でも思っても見なかったことを口にしてしまった。

 『大嫌い』

 なんて、もちろん本心じゃない。
 けど、辛かった。

 自分の物を壊された痛み。
 こういうことが予想できなかった自分への憤り。
 そして、キールに八つ当たりをしている情けなさ。

 色んな思いがああして声に出てしまった。
  
「嫌われた、かな……?
 当たり前だよね、はは」

 渇いた笑いが自分の胸に刺さる。
 一体、何度目の自己嫌悪だろう?

「アタシってばかだ……」

 芽衣は、こぼれる涙を必死に枕で受け止めた。




 数日後、芽衣は戸を叩く音で目が覚めた。
「だぁれ?」
 重い目をこすり、芽衣は戸口に向かう。
 いつも起きる時間より少し早い。
 もう少し寝られたのに、と思いながらも外の客人に声をかける。
「僕です、アイシュです〜!」
 アイシュにしては珍しく、声の調子が慌ただしかった。
「はいはーい、今開ける」
 ノブを回し、ふと見上げると今にも泣き出しそうな彼の顔があった。
「おはよう、どうしたの?
 こんな早くに」

「キールが……、キールが返事をしないんです〜……!!」

 その名前に、心臓が跳ね上がった。

「寝てるんじゃないの〜?
 ドア、開けてみたら?」
 芽衣は、ふぁ〜と大きなあくびをする。

 そういえば、ここ何日か会ってないな。

 ふと思い出した。
 補助魔法も、最近は他の人が来てくれてる。
 あれ以来、何となく顔を合わせずらくてキールの部屋にも行っていない。
 特に用事もなかったから。

「それが鍵が閉まってて開かないんです〜」
「ふ〜ん、で?
 キールが籠もってるのなんて、いつものことじゃん」
「違うんです〜。
 一昨日はちゃんと返事があったんですけど、ここ二日それもないんです〜」
 おろおろとアイシュが訴える。
「……分かった。
 一緒に行けばいいんでしょ?」
 さすがに可愛そうになってきて、芽衣は仕方なく折れた。
 本当はあまり行きたくなかったけど。
「ありがとうございます〜。
 芽衣、あなたに感謝します」
 アイシュはニコニコと笑って言った。



「キール。
 生きてますか〜?
 僕です、アイシュです〜」

 キールの部屋の前。
 アイシュは縁起でもないことをさらりと言った。
 さっきから何度目だろう。
 ドアを叩きながら、彼は半泣き状態で声をかけている。
「キール〜。
 お願いですから出てきてください〜」
 彼の懇願むなしく、部屋の中からは全く応答がない。
「どいて、アイシュ」
 見かねて、芽衣はアイシュを遠ざけた。

 ガンッ!!

 少女は思い切りドアを蹴飛ばした。
 しばらく待ってみたが、応答はない。
「本当にここにいるの?」
 これだけ大きな音を出したのに、気がつかないなんておかしい。
「はい〜。
 キールの行きそうなところは全部行きました。
 院の誰に訊いても、キールの姿は見てないそうです〜」
 少し怯えた表情のアイシュが答える。

「こらキール!
 この芽衣様をなめるなよ!!」

 捨て台詞を残し、芽衣は走り出した。

「芽衣〜、どこに行くんですか〜?」
「裏庭。
 アイツの部屋の窓に回るの!」
 振り向き、アイシュに目的地を伝える。

 窓からだったら中の様子が見える。
 それに、鍵が開いてればそこから入ることも出来るし。

「ここかな?」

 しばらく走った後、芽衣は一つの窓の前で立ち止まった。
 窓枠に手をかけ、そっと窓の中を覗き込んでみる。
 
「!!」

 芽衣は目の前の光景に目を見開いた。
 部屋の中には、机にもたれかかるように、キールが横たわっていた。

「キール!」

 次の瞬間には、体が動いていた。
 鍵のかかっていなかった窓を押し開け、ひょいと上る。
 そのまま部屋に入って、キールに駆け寄った。

「ちょっとキール!
 しっかりしてよ!!」

 肩を揺らしてみるが、返事がない。
 どうしちゃったんだろう……。
 泣きたい気分をこらえて、芽衣はキールを揺らし続けた。

「芽衣〜、ちょっと待ってください〜」
 後から入ってきたアイシュに止められた。
「……大丈夫ですよ〜。
 ただ眠ってるだけです〜」
 にこりと微笑んでアイシュは言った。

「よ、良かった〜」

 ふうと胸を撫で下ろす。
 よく見ると、キールはすやすやと寝息を立てている。

「それにしても、芽衣はよっぽど心配だったんですね〜」

 へらっと笑うアイシュ。
 その言葉に、芽衣は頬が熱くなるのを感じた。
「そ、そんなことある訳ないじゃん!!」
 バッと立ち上がり、芽衣はその場を立ち去ろうとした。

「!?」

 いつもと変わらないキールの部屋。
 そこに、一つだけ異質なものが混じっていた。
 
「これ、アタシの携帯……?」

 魔道書の山の中にポツンとあったのは、自分がこっちに持ってきた、携帯電話だった。
 相変わらず圏外だけど、ボタンを押せば反応はする。

「でも、全部壊れたって……」

 数日前、長老たちが自分のものを全部壊してしまったと聞いた。
 それなのに、どうしてこれが?

「芽衣〜。
 これを見てください」

 アイシュが巻物をこちらに渡した。

「創造魔法……?」

 全部は読めないけど、何となくは分かる。
 それぐらいの時を、芽衣はこの世界で過ごした。
 記されているのは、明らかに呪文。
 何かを復活させるための、生成方法。
 つまり、創造魔法の一種だった。



「キール……」

 床で寝ている青年をじっと見つめる。
 まだ、創造魔法は分からないことが山ほどあるって聞いた。
 どんなに高尚な魔道士でも、使いこなすのは難しい魔法だって――。
  

「まったく、世話が焼けるんだから」

 わざとらしく溜息をつく。
 巻物を机に置き、足音をあまり立てないように歩く。
 イスにかかっていた布を取り、それをキールにかける。
 これだけ騒がしいのに、全然起きる気配はない。

「少しはましでしょ?」

 背を向けて、その場を離れようとした時だった。

「芽衣……。
 すまなかった」

 小さな声が耳に届く。
「キール?」
 振り返り、声をかけるが返事はない。
 寝言、だったみたいだ。

 微笑み、芽衣はキールの前にしゃがみこんだ。

「こういう時は、ありがとうでしょ」

 つんと、おでこをつついてみる。
 キールは、ぴくりとも動かない。

「ありがとうね、キール」

 何となく照れくさい。
 お礼を言うって、こんなに恥ずかしいことだったかな?
 
 芽衣は、えへっと笑ってみせた。
 外からは、優しい風が吹き込んできていた。
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