はい、あ〜ん

「はい、あ〜んですわ。
 お兄様」
 ニコニコと笑いながら、薄桃色の髪の少女が言う。
「ディアーナ、私はいつまで君の兄なのかな?」
 今度は、淡い青色の髪を持つ青年がくすりと笑った。
「あら。
 ……はい、セイル」
 ほんのりと頬を染め、少女はケーキを刺したフォークを口元に持っていった。
「ありがとう、ディアーナ」
 青年もまた、嬉しそうに笑った。




「い〜な〜」

 その光景を見ていた栗色の髪の少女が、ぽつりと呟いた。
「あら、メイ。
 どうかなさいましたの?」
 呟きに気がついたディアーナが、こちらを向いて言った。
「ううん、ちょっとね」
 ふう、と大きくため息をつく。
 この世界で初めて出来た友だちは、気付いてないらしい。
「ディアーナ。
 メイは、キールとこんなことをしたいんだよ」
 笑みを貼り付けたまま、殿下が口を開いた。
「まぁ、そうなんですの?」
 のんきな友だちは、目を丸くする。
「うん。
 まぁ、そんなとこカナ?」
 あはは、と乾いた笑いが出てくる。
「やりませんの?
 恋人同士なのに」
「うーん、そうなんだよね。
 どうしてだろう?」

 出来るわけなんてない。
 だって、アイツは……。

「キールはとても恥ずかしがり屋だからね」
「そう!
 殿下良く分かってるー!」
 言いたかったことを言ってくれた彼に、ちょっとばかり感謝した。
「お褒めに預かり光栄だよ」
 青年は、ソーサーごと持ち上げて紅茶を口に運んだ。
「?
 口の前に持っていったら、誰でも食べてしまいません?」
「それはディアーナだけ!
 ま、いいや。
 お茶ごちそうさま!」
 テーブルに手をついて、メイは立ち上がる。

「あら、もう帰ってしまいますの?」
「うん、買い物して帰りたいから」
「残念ですわ……」
 本当に寂しそうに、少女はこちらを見る。
「また来るよ、ディアーナ☆」
 うるんだ瞳に、一瞬負けそうになった。
 が、メイは笑ってディアーナに告げた。
「ええ、ではお待ちしてますわ」
「健闘を祈ってるよ、メイ」
「うーん、頑張ってみるわ。
 じゃね!」
 メイは、笑ってその場を立ち去った。




「たっだいまー!」
 元気良く声を上げる。
 誰に言うわけでもなかったのに、そこからは声が返ってきた。
「芽衣、お前どこに行ってた!」
 びっくりした。
 けど、それ以上に嬉しくて芽衣は笑って言った。
「ディアーナのとこ。
 あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
「ゴメン、ゴメン」
 えへへ、と苦笑いをする。
「全く。
 あまり人様に迷惑をかけるなよ」

 目の前の青年が、呆れたような顔をする。
 最近、これはキールなりに心を許してくれている証拠だってことに気がついた。
 不機嫌な表情も、怒るのも。
 全部、自分を見せてくれているってこと。
 だから、それが嬉しくてやっぱり笑ってしまう。

「そんなことしてないって〜」
「まぁいい。
 食堂に行くぞ」
 ポンと頭に手が乗せられる。
 温かい、この掌が大好きだった。
「うん!」




「キール。
 はい、あ〜ん」
 唐突にやってみたくなって、芽衣は自分の皿にあった肉を、キールに差し出した。

「ばっ、馬鹿!
 何だよいきなり!」

 案の定、キールは顔を真っ赤に染めて小声で怒鳴った。
「……やっぱだめか」
 しゅんとうな垂れて、芽衣はフォークを自分の方に戻す。
「は?」
 何が何だか分からないキールは、苛立ちげに声を上げる。

 殿下に、頑張ってって言われたから、一応やってみたんだけどな〜。
 う〜ん……。

 うつむいたまま、芽衣は考え込む。

「……仕方ない、今度シオンにやってこよう」

 何となく、口をついた言葉だった。
 全然わざとなんかじゃなくて、本当に自然に。

「貸せ!」

 亜麻色の髪の青年が、声を荒げた。

「え?」

 驚いてそっちを見る。
 フォークを持っている手が、乱暴に掴まれた。
 そして、キールは刺してあった肉をぱくっと食べてしまった。

「これでいいんだろう?」

 そっぽを向きながら、彼はぼそりと喋った。
 その頬は、相変わらず真っ赤だった。

「うん!
 えへへ♪」

 一瞬のことで、良く分からなかった。
 でも、すごく嬉しくて。
 顔が緩みっぱなしになるのを、抑えることなんて出来なかった。


「何だよ、気持ち悪い」
「だって、嬉しいんだもん☆」
「これぐらいで嬉しいのか?」
「うん!」

 正直に言うと、キールはやっぱり恥ずかしそうに呟いた。

「……今度は二人きりの時にしてくれ」

「うん!!」

 芽衣は思い切り大きな声でうなずいた。




 以来、二人で食事をする時に、

「はい、あ〜ん」

 というのが、芽衣のクセになった。
 キールは幸せを噛みしめつつも、ほんの少しだけ後悔していた。
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