※このお話しは、少々ゲーム本編とイベントの時期がずれております。
 本編ではありえませんが、ドラゴン召喚とEDの間の期間のお話と思ってくださると助かります(汗)

帰らない

 召還されたドラゴンを元の世界に帰したあと。
 朦朧とする意識の中で、キールは一つの言葉を聴いた。
 栗色の髪の少女の口から、『帰らない』と。


「キールは何をプレゼントするんですか〜?」
 九月二十日の午後。
 微かに開いた窓から、秋らしい風が吹く中。
 貸していた本を返すために来ていた兄は、気の抜けた声で訊いた。
「は?」
 何のことだか分からず、キールは声を発した。
「やだなぁ、芽衣のプレゼントですよ」
「何であいつに物をくれてやんなきゃならないんだ?」
 得意げに背を反らして言う兄に、キールは首を傾げた。
 ただの被保護者に、プレゼントを渡す理由が見つからない。
「聞いていないんですか〜?」
「だから、何を!」
「誕生日ですよ。
 明日は芽衣の誕生日なんだそうです」
 穏やかな表情を浮かべたまま、アイシュはおっとりと話した。
「……誕生日?」
「はい〜」
 意外すぎる答えに、キールは訊き返す。
 いつもと変わらない声で、兄は頷いてみせた。
「そう、か……」
 全くもって知らなかった事実に、キールの胸は騒ぎ始めていた。

***

「お、来たな」
 宮廷魔導士の部屋。
 あまり訪れたくはない場所に、キールは足を運んでいた。
 紫の髪を高い位置でくくった男は、優雅に紅茶を飲んでいるところだった。
「ご所望のものをお持ちしました」
「いやぁ、悪い悪い。
 どうっしても手が離せなくてな」
 用意していた書類を机に置く。
 シオンが全てに目を通したことを確認すると、キールは一礼をする。
「いいえ。
 では、失礼します」
 宮廷という華やかな場所は、あまり好きではない。
 早々に立ち去ろうと、キールは踵を返した。
「おっと待った!」
 声がかかったと思った瞬間、前に進めなくなった。
 振り返ると、シオンは外套の端を握っていた。
「お前はあの嬢ちゃんに、何を渡すんだ?
 まさか何も渡さない気じゃないよなぁ」
 にやにやと笑う上司に、思わずむっとした。
 この人も、知っている。
 その事実に、一瞬胸が痛んだ。
 まるで針でも刺さったかのように。
「……所要を思い出しましたので。
 失礼します」
 無理矢理外套を引っ張り、大またで扉に向かう。
「おい、キール!」
 制止の声を振り切って、キールはその場を後にした。

 ***

「まあ、キール」
 白い壁の廊下を歩いていると、声をかけられてしまった。
 無視して去りたい気持ちで一杯だったが、それも難しいようだ。
 桃色の髪の少女の横には、尊い存在が立っていたから。
「これは殿下に姫。
 ご尊顔を拝謁でき、恐悦至極に存じます」
 マニュアル通りの言葉を並べ、礼をとる。
 とにかくこの場から逃げたかった。
「本当にそう思ってまして?
 顔が笑っていませんわ」
 するどい反応に、キールはため息をこぼしそうになる。
 青年が笑いをこらえる声が、耳に届く。
「……何か御用でしょうか?」
 紫の瞳に問うと、少女はにっこりと笑う。
「明日、芽衣の誕生日パーティをしますの。
 もちろん、出席してくださいますわよね?」
「はあ」
 ちくり。
 また、胸に何かが刺さる音がした。
「暇なら出席してくれると嬉しいんだが。
 君という保護者がついていてくれた方が、彼女も喜ぶだろう」
 この国の皇太子からの言葉を無下にできる訳がない。
 嵐が来ようと、竜巻が起ころうと、行かない訳にはいかなくなってしまった。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
 頭を垂れると、キールは二人が去るのを待った。
 胸の苦しみは癒えることなく、どんどんひどくなっていった。

 ***

「何で俺だけなんだ」
 秋空の下、キールはぽつりと呟く。
 王宮で芽衣と関わりのある人間は皆、知っていた。
 明日があいつの誕生日だということを。
 しかも、相当前から聞き及んでいるという感じだった。
 好奇心旺盛な人たちは、それを嬉しそうに話す。
 それが不愉快で仕方なかった。
 この調子だと、騎士見習いの連中も知っているのだろう。
「……」
 天を仰ぐと、黄色や赤に色付き始めた葉が目に入る。
 色鮮やかなそれを愛でる余裕などない。
 自分だけが知らない。
 保護者であり、一番近くにいると思っていた自分が、今は一番遠い気がする。
 突きつけられた事実は、胸を締め付け、苦しめる。
 
 『帰らない』。
 そう言ってくれたのは、やはり幻だったのだろうか?
 少年は頭を抱えながら院へと向かう。
 確かに、先日まで自分は研究のために篭っていた。
 それでも、言える時間はあったはずだ。
 毎朝、補助魔法をかけるために、課題を渡すために。
 キールは芽衣を訪ねる。
 その時にでも、言えたはずなのだ。

「何なんだ、一体……」

 苛立ちげに、キールは足元にある落ち葉を蹴飛ばす。
 カサリという音が、心に虚しく響いていた。

 ****

 真夜中。
 異世界からの訪問者は、窓から空を見上げていた。
 大きな満月は、ちょうど真上に位置している。
 時計の針を確認するまでもなく、日付が変わったことが分かった。

「ふうっ」
 部屋の主は大げさにため息をつく。
 これから24時間。
 忙しく時間が過ぎていくのだろう。
 昼過ぎにはディアーナがパーティを開いてくれる。
 夕方からは、研究院で仲良くなった人たちが、お祝いをしてくれるらしい。
 楽しくなるに決まっている未来を予想しながらも、芽衣はため息をもらさずにはいられなかった。

 心残りの原因はただ一つ。
 自分の保護者である、キールのことだった。
 つい最近まで大怪我をして寝込んでいたこともあって、誕生日のことを言っていない。
 伝える機会はないこともなかったが、それでも話さなかったのは理由があった。

 何も言わなくても、覚えていてくれたらいいな。
 
 そう、思ってしまったから。
 まだこの世界に来てすぐの頃。
 研究の一環として、キールは色んなことを訊いたり、調べたりした。
 身長体重から、生年月日などなど。
 うんざりするほど、詳しく聞かれた。
 だから、と芽衣は思っていた。
 もしかして覚えていてくれないか、と。

 誰からも祝ってもらえないのは辛いから、他の人には伝えてある。
 もちろん、祝ってね、と念を押して。
 ……半分くらいは、キールに伝わることを祈りながら。
 
 コンコン。
 
 控えめに戸が叩かれる。
 瞬間、鼓動が跳ね上がるのが分かった。
「はいはーい。
 どちらさま?」
 訊かなくても知っていた。
 こんな時間に、ここに来る人なんて限られている。
 それでも尋ねたのは、確信が欲しかったから。
「俺だ」
「ちょっと待ってて。
 今開けるね」
 何とか冷静になろうと、少女は息をはき出す。
 心臓は今にも破裂しそうなくらい、バクバクしてる。
「やっほ〜キール。
 どうしたの、こんな夜遅くに?」
 期待と不安が入り混じった心を抱えながら、戸を開く。
 目の前には、思ったとおりの人物がいた。
 大好きな、キールが。
「今日は誕生日なんだろう?」
「あれ、知ってたの?」
 わざとらしく、訊いてみる。
 キールは不機嫌そうに声を発した。
「あれだけ周りが騒げばな」
「なぁんだ、そっか」
 ため息混じりの声に、芽衣は少し残念だと思う。
 覚えていてくれたんじゃなくて、教えられたという事実に。
「……おい」
「何?」
「皆には言いふらしたくせに、何で俺には言わなかったんだ?」
 ぶっきらぼうにキールが言う。
 頬の辺りがほんの少し赤いのは、気のせいじゃないみたいだ。
「だってキール、篭ってたじゃん」
 少女は言い訳を並べる。
「それは、そうだが……」
 そっぽを向いて、キールは口ごもる。
「仲間はずれにされたみたいで、寂しかった?」
「だ、誰が!」
 少年は耳まで真っ赤に染まる。
 分かりやすい反応に、芽衣は心が弾む。
 多分、ヤキモチを妬いてくれた。
 その事実が、嬉しいと思ってしまう。
「ふ〜ん、本当?」
「嘘なわけないだろう!」
 むきになって大声を出す少年に、説得力なんてない。
 思わず、顔がにやけてしまう。
「まぁいいや。
 そういうことにしておいてあげる」
 芽衣はにっこりと笑ってみせる。
 あと、もう少し。
 もう少し勇気が持てたら、想いを伝えてもいいかもしれない。
 『帰らなくてもいい』なんて曖昧な言葉じゃなくて、もっとハッキリとした言葉で。
「……手を出せ」
「はいはい」
 笑ったまま、芽衣は手を出す。
 掌にのせられたのは、一枚の紙切れだった。
「これって、お札?」
「今日知ったからな。
 もらえただけでも、ありがたいと思え」
「ちえ〜」
 予想外のプレゼントに、芽衣は文句を言う。
 自分でまいた種とはいえ、ほんの少しだけ後悔する。
「芽衣」
「ん?」
 お札から目を離し、キールを見上げる。
 そこには、真っ赤に顔を染めた少年がいた。
「来年は……。
 次はちゃんと用意してやる」
 ぽつり、と呟かれたセリフに、芽衣は耳を疑った。
 『来年』。
 何でもないような言葉が、心に染み渡っていく。
 喜びが少しずつ、確かに広がっていく。
「うん!
 ありがとう、キール!」
 芽衣は満面の笑みを浮かべると、少年の腕に思いきり抱きついた。


 次を約束してくれる。
 来年も一緒にいられる。
 それがこんなにも嬉しいことだったなんて、初めて知った。

 芽衣は異世界で初めての誕生日を迎えた。
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