明けまして……
冷たい風が窓を叩く。雲の切れ間からのぞく陽の光が、わずかに部屋の中を照らす。
暖炉に火を入れているのに、足元はひんやりとしている。
手の先は冷たく、ペンを握るのにも苦労する。
魔法は万能ではないことを、こんな時、再確認してしまう。
トントン。
静寂を破る音が耳に入る。
穏やかな昼下がり。
人当たりが良いとはいえない自分の部屋を訪れる者は、少ない。
キールは一つため息をこぼすと、扉の鍵を開けた。
「明けましておめでとー、キール!」
元気というには大きすぎる声が耳をつんざく。
思わず叫び返しそうになって、キールはやめた。
自分は彼女の保護者だということを思い出したから。
少女はいつもと変わらず台風のように現れた。
大きな荷物を手に持って。
「こんにちは〜〜、キール」
院にはあまり顔を出さない兄が、芽衣の後ろから顔を出す。
分厚いメガネが、ゆっくりと持ち上げられる。
「兄貴も一緒か」
「はい〜」
へらっと笑う兄を見て、本当に自分たちは双子なのかと疑いたくなった。
「……それで、何だよ」
二人を部屋に招きいれ、椅子をすすめる。
向かい合うように三人で座ると、キールは問いかけた。
「えへへ♪
あのね、ほら新年になったでしょ?」
「ああ、そうだな。
「確かお前の世界では、1月になるとお祝いをするんだったな」
いつだったか、少女の口から聞いたことがある。
研究のためだったか、世間話だったか。
忘れてしまったけれど、楽しそうに話していたのを覚えている。
慈しむように、思い出を語る少女は見ていて胸が痛かった。
だから、キールは覚えていた。
「そう!
さっすがキール♪
んでね、アタシの世界で食べるご馳走を作ってみたの」
ほら、と少女は大きな包みを目の前に差し出す。
嬉しそうに、少し誇らしげに。
笑っている芽衣を、キールは微妙な表情で見つめた。
この少女がここにいる理由。
ずっと笑っていなければいけない理由。
それらを作ったのは、他でもない自分だから。
「ご馳走?」
「“おせち”っていうんだ。
完璧じゃないけど、アイシュにも手伝ってもらったの。
似せて作っただけだけど」
ね、と少女が兄に同意を求める。
それに、アイシュはにこやかな表情で頷く。
「食べられるんだろうな?」
「そりゃあ、もちろん!
この芽衣さまがと、天才アイシュが作ったんだよ?
味は保障しちゃうんだから」
胸をとん、と手で叩く芽衣の姿に、キールは微かに笑む。
少女が料理が得意なのは知っていた。
それでも、突っかかってしまうのは性分というヤツなのだろう。
「ちょっと待ってろ。少し片付ける」
椅子から立ち上がり、キールは机に向かう。
書きかけの巻物を丁寧に巻いていく。
少女が帰れるように。
少女を帰せるように。
調べ上げ、作り上げてきた魔法の記された巻物を。
「うん! 終わったら一緒に宮殿に行こうね!」
「は?」
「殿下や姫も食べたいと仰っているんです〜。
お二人とも、とても好奇心が旺盛なんですよね〜」
ふわふわした声に、キールは頭を抱える。
てっきり、三人で食べるのだと思っていた。
「分かった、部屋の外で待っててくれ。
支度するから」
はぁ、と大きなため息をもらすと、キールは二人を部屋から追い出した。
今年も去年と変わらない年が来る。
嵐みたいな少女は、退屈を与えてはくれないだろう。
来年もその次も。
ずっと変わらない日々が続けば良い。
そんなあり得ないことを。
願ってはいけないことを。
キールは密かに思っていた。