内緒
「神子殿、一つお聞きしてもよろしいですか?」それは、龍神の神子の物忌みの日。
暖かな風が吹き、花が咲き乱れる頃。
相変わらず晴れた日だった。
「何ですか、鷹通さん」
あかねはにこっと笑って応えた。
いつも、こちらが訊いてばかりだったから、珍しいなと思った。
「その、いつも文の最後に書かれている記号のことなのですが」
「えっ……!?
あ、あれですか?」
何のことかすぐに分かった。
少女はいつも、文の最後に決まった記号を書くことにしている。
もちろん、誰にも内緒で。
「ええ。
どういう意味がお在りなのかと思いまして」
彼の表情は真剣そのものだった。
「え、え〜っと。
あー、そんなのありましたっけ?」
今更ながらしらばっくれようとする。
これで誤魔化せればいいんだけど……。
「はい。
こちらの記号なのですが」
ご丁寧に彼は文を持ってきていた。
しかも、一つではなくいくつか持っている。
「……」
開いた口が塞がらないって、こういうことを言うんだろうな。
思わずそんなことを考えてしまう。
「見た限り、ほとんどの文に見られるのです」
じっとこちらを見つめてくる。
「えっと……」
恥ずかしくて、思わずうつむく。
この人の好奇心旺盛なところが、初めて疎ましいと思った。
白状しろって、神様の思し召しなのかな?
「あれ? これって……」
その声に、はっとする。
「あ――――っ!
詩紋君だめ!!」
叫びもむなしく、淡萌黄の紙は詩紋の手の中にあった。
「か、返して!」
あわてて取り返そうとするが、紙はひらりと宙を舞う。
「あかねちゃんて、案外ロマンチストなんだね」
太陽みたいな明るい笑顔が憎らしい。
はい、という声と共に文が返ってきた。
「ろまんちすと?」
京の住人である鷹通は、一人はてなマークを浮かべていた。
「き、気にしないでくださいね、鷹通さん!」
「はぁ」
鷹通は首を傾げていた。
「ところで神子殿。
先程の記号のことなのですが……」
「えーっと、その。
何ていうか」
言葉選びに迷っていると、詩紋の声が聞こえてきた。
「正直に話しなよ、あかねちゃん。
あ、僕お邪魔だったね。
じゃあ、鷹通さんごゆっくり〜」
手をひらひらとさせながら、詩紋は去っていった。
「はぁ」
あかねは盛大な溜息をついた。
「神子殿。
大丈夫ですか?」
「あ、はい!
大丈夫です」
あかねは、ぱっと顔を上げた。
「そうですか」
鷹通はにこやかに微笑んでいた。
その笑みに、とくんと胸が鳴った。
「今の詩紋殿のご様子。
これに何か意味があるように思えたのですが」
とことん追及する気らしい。
文の最後の記号を指差して、こちらを見ている。
「う、う〜んと……。
確かにそうなんですけど」
言葉をにごす。
何とか切り抜けられないかな。
「もしや……。
魔除けのまじないか何か、なのですか?」
鷹通は、曇らせていた表情を輝かせて言った。
「えっ!
あ、そーなんです!
実は私たちの世界じゃ有名なおまじないなんです!!」
あかねはそれを肯定した。
「そうでしたか。
さすがは神子殿です。
では、私もさっそく使わせて……」
そう言いかけた鷹通の言葉を、あかねは遮った。
「絶対だめです!!」
床をバンとたたく勢いで、あかねは反対する。
「どうしてですか?」
驚きを見せながらも、鷹通は聞いてきた。
「その、それ。
実は女の子限定なんです!」
「……そうですか。
それは残念です」
彼はふうと息を吐いた。
本当に残念そうにしているのを見て、あかねは申し訳なくなった。
「すいません……」
しゅんとうなだれる。
「?
なぜ、神子殿が謝られるのですか?」
心底不思議そうに、鷹通が訊いた。
「だって、鷹通さん。
とても残念そうだったから」
ちらりと彼を見る。
優しい眼差しが、こちらに向けられている。
「ご心配には及びませんよ、神子殿」
ふわりと、全てを包み込むような微笑み。
甘えてしまいたくなる。
「本当、ですか?」
「ええ。
あなたは本当に心根の優しいお方ですね。
私は、あなたという神子に仕えられて、とても幸せです」
笑みに見惚れていて、一瞬反応が遅れた。
「えっ!?」
「何か、いけないことを言ってしまいましたか?」
少し不安気に生真面目な青年は尋ねた。
「い、いいえ、そんなことないです!」
慌てて否定して、あかねは笑って言った。
「私も、鷹通さんが八葉で嬉しいです」
本心をそのまま言葉にする。
本当に鷹通さんが八葉で良かった。
もし、この人がいなかったら私は知らなかっただろう。
人を思いやる気持ち。
何かを知る楽しさ。
そして、人を好きになるという想い。
「光栄なお言葉ですね」
目を細める彼が余りにも素敵で、あかねは頬を赤く染めた。
そして、謎は謎のまま。
鷹通は知る機会をふいにし、あかねはうまく誤魔化すことに成功した。
これからも、淡萌黄の紙には書き続けられるのだろう。
“×××”という、不思議な記号が――