帚木
大内裏の廂で、友雅は呼び止められた。話がある、と。
「……友雅殿、この前の質問のことですが」
「この前。
さて、どんな質問だったか」
鷹通は、こほんと咳をする。
「女性の好みのお話しです」
「ああ。
答えが決まったのかい」
言われるまで、本当に忘れていた。
どうでも良いことだったから。
「いえ、そういう訳ではありません。
ただ、あの条件に当てはまらない人物をもう一人思い出しただけです」
外に出ようとも思ったが、鷹通が気にしていないようなのでやめた。
そこまでお人好しになる必要はなかったから。
「ほう。
それで、その女人とは君の思い人なのかな、鷹通?」
違うと知っていて、わざと言ってみせる。
「断じてそれはありえません。
私が愛しいと思うのはただお一人ですから」
「お熱いことだ。
それで、誰なんだいそれは」
本心から知りたかった訳ではないが、聞いてほしそうだったので問いかける。
「土御門の藤姫です」
名を聞いて、一瞬動きが止まった。
言われてみれば、そうかもしれない。
「……あぁ、そうかもしれないね」
「それだけですか?」
鷹通は、驚いたように聞き返す。
「鷹通、君は何を期待していたんだい?」
「いえっ、別に」
「ところで、それだけを言いに来たのかい」
ふうと溜息をつき、次の話題を促す。
この真面目な男が、それだけを言いに来たとは思えない。
「まさか。
実は最近……」
鷹通は、表情を険しくし、話し始めた。
確かに、言われた通りのような気がした。
十歳という年齢に合わない言動、振る舞い。
賢く、心優しい星の姫。
けれど、味気ないと感じたことはない。
頑固なところも、また愛らしい。
神子殿だけでなく、もっと近いところにいたようだ。
牛車に揺られながら、そんなことを考えていた。
しばらくすると、一瞬揺れが大きくなり、牛車が止まった。
「友雅様。
到着いたしました」
供の声を聞いて、友雅はそれを降りた。
ついたところは土御門邸。
番をしていた者が、こちらに頭を下げる。
門をくぐり、中へと進んでいく。
とりあえずは、藤姫のところに向かうとしよう。
友雅は、廂を歩き始めた。
花の香りが、風に運ばれてくる。
そろそろ花の盛りも終わるだろうに、甘い芳香が庭を満たしていた。
そういえば、ここ何日も入り浸っている。
友雅はふと思った。
八葉として、神子殿のために……。
果たして、本当にそうなのだろうか。
自分の行動が疑問に思えてくる。
来る日も来る日もここに来て、京を救うために力を尽くす。
私は、そんなに熱い男だっただろうか?
これも、龍の宝玉の所為だというのか。
何かが、胸につかえている。
そんな感じがしてならなかった。
「友雅殿!」
不意に愛らしい声に呼ばれる。
前方の角から、藤姫の顔が覗いていた。
少し驚いたが、友雅は歩みを進める。
「こんなところで何をしておいでかな、星の姫」
扇を少し開き、口元に持ってくる。
都合よく本人が見つかったものだ。
「そろそろ友雅殿がいらっしゃると思いましたので」
少女は、にこやかに答える。
無邪気な笑顔がまぶしいと感じる。
「確かに文は届けたが、良く分かったね」
「ええ。
何となく、ですわ」
この姫が、感が鋭いのは知っている。
星の一族というものは、皆得てしてそういうものなのだろう。
「嬉しいね。
そんなに私に逢いたかったのかな?」
腰をかがめ、少女と視線を合わせる。
「ち、違います!」
頬が赤い。
どうやら、図星だったのか。
それとも、こういう状況に慣れていないだけなのか。
表情が、くるくると変わる。
愉快だと思うほどに。
「ふふ、照れることはない。
そんな君も可愛いがね」
「と、友雅殿!
お戯れがすぎますわ」
声を荒げたかと思ったら、袖で顔を隠してしまう。
先程とはうって変わって、大人の女性のような仕草。
幼さの中に、上品さが見え隠れする。
全く、鷹通の言った通りかもしれない。
友雅は、気づかれない程度に息を吐いた。
「と、ところで。
神子様に何か御用があったのではないのですか?
その、もう少しで帰られると思いますわ」
藤姫は頬を赤く染めながらも、務めを果たそうとする。
真面目な姫君だ。
「……いや、今日は君の筝でも聞かせてもらいたいと思ってね」
口をついて出た言葉に、自分でも驚く。
自然に出た言の葉は、本心だというが……。
覚られないように、微笑みをたたえる。
「そうなんですの?
私はてっきり……」
藤姫は、顔を隠しながら俯く。
ほんの少し憂いを帯びているように見えた。
その姿が愛らしいと思うのは、いけないことなのだろうか。
「私ごときの筝でよろしければ」
にこやかに少女は微笑んだ。
花がほころぶ瞬間のような、優しい笑みだった。
迂闊にも、思わずそれに見惚れてしまった。
友雅も、自嘲気味に笑みをはいた。
謎が、解けた。
と、同時に心のつかえも取れた。
ここに通いつめていた理由。
それがどんな感情からだったのか、分かったから――。