嫉妬

 始めは京を知らない貴女が、ご不便なさらぬようにと足繁く通いました。
 けれど、それはいつしか言い訳にしかならなくなっていました。
 何事にも懸命な貴女の支えになりたい。
 貴女を、すぐ傍でお守りしたい。
 神子である貴女ではなく、花梨殿ご自身を――。




「幸鷹さん!」
 明るい声とともに、少女が駆け寄ってくる。
「あ、危ない!」
 彼女の体が傾ぐのを見て、体が動く。
 それを抱きとめようと。
「おっと、危なかったね可愛い人」
 自分よりも早く、隣にいた翡翠が彼女を抱きとめた。
「あ、ありがとうございます」
 少女は顔を赤らめて礼を言った。
 その様子が気に食わなくて、幸鷹は唇をかんだ。
 
「おや、別当殿。
 どうかしたのかな?
 顔色が思わしくない」
 あざ笑うような翡翠の声。
 分かっていてやったに違いない。
 それが余計に腹立たしかった。
「いえ、何でもありません。
 それより、怪我などありませんでしたか神子殿?」
 彼女の方に視線を移す。
 なるべく、平静を装いながら。
「あ、大丈夫です。
 何にもないところで転んじゃうなんて、ドジですね私」
 ちらりと舌を出す彼女。
 その様子がとても可愛らしいと思う。
「いえ、そんなことはありませんよ。
 神子殿が無事でよかった」
 本心を口にする。
「全く失礼なことを言う。
 私が受け止めたのだ、心配は要らないというのに」
 翡翠が口をはさむ。
 むっとした顔で、そちらを睨む。
「万が一、ということもありますからね」
 自然と口調がきつくなる。
 大人気ないと、自分でも分かっている。
 けれど止まらない。
 
「おやおや。
 さて、お邪魔虫はそろそろ退散するとしよう」
 手をひらひらとさせ、翡翠が場を立ち去ろうとした。
「待ちなさい!どこに行くつもりですか」
「ちょっとばかり用があってね。
 また明日にでも迎えに行くよ、可愛い人」
 こちらを完全に無視し、翡翠はどこかに行ってしまった。
「……お札、探してる途中だったのに」
 少女が、ぽつりと呟く。
 その表情からは、明らかに落胆の色が見えた。
「仕方ありませんね。
 雲行きも怪しいことですし、今日は邸に戻りましょう」
 一つ息をつく。
 幸鷹は少女を促した。
「そう、ですね」
 残念そうに、少女は言った。 






「あ、雨」
 先に気がついたのは彼女だった。
 空から、ぽつりぽつりと雫が落ちてきた。
 予想していたよりも、それは早く降りてきた。
「これはいけませんね。
 どこか、雨をしのげる場所を探しましょう」
 幸鷹は周囲を見回す。
 少し先に、雨宿りが出来そうなところを見つける。
「あちらの木の下に参りましょう」
 幸鷹は、少女を連れて大きな木の下まで走り出した。 


「雨、すぐにやみそうですか?」
 先に話し始めたのは彼女の方だった。
「そうですね、あまり長く続かないとは思いますが」
 にこりと微笑む。
 少女を安心させたかったから。
「……そうですよ、ね」
 歯切れの悪い答えが返ってくる。
 まるで、早く雨がやんでしまうのが残念という風だ。
「早くやんでしまってはご都合が悪いのですか?」
 疑問に思ったことを訊いてみる。
 雨音が心地よく響く。
「え、そ、そういう訳じゃないです!
 その、ただ……」
 少女が頬を染め、否定する。
 
「ただ?」
 微笑を絶やさず、その表情を見つめる。
「その……。
 幸鷹さんと2人でお話しする機会ってあまりないから……」
 そこまで言うと、少女は口ごもった。
「神子、殿……?」
 彼女をじっと見つめる。
 ふいに、目の前の少女が何を考えているのかが過ぎる。
「い、いえ何でもないんです!
 気にしないでくださいね!」
 慌てて今の発言を取り消そうとしている。
 神子というよりも、普通の少女らしい仕草。
 それがとても愛らしいと思った。
 思わず顔が緩む。
 
「今度、嵐山にでも行きませんか?」
 
 幸鷹は少女に問う。
「えっ!?」
 振り向いた瞳と、視線が絡まる。
 急な誘いだったからか、その瞳には驚きの色が見える。
「ご一緒に紅葉狩りでもいかがですか?
 私の話などでよければ、いくらでもお話しいたしますよ」
 今度は、はっきりと誘う。
 彼女の願いを聞き届けたくて。
 何より、自分が一緒にいたかったから。
「あっ、はい!
 喜んで!」
 花のように笑った彼女を見て、自分も微笑んだ。
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