バレンタインデー
2月14日。女の子が大好きな人のためにがんばる日。
彼の笑顔を、いつもより素敵にするための日。
恋の女神が、一心に願ってくれる日。
恋する乙女に幸あれと。
「こんにちは〜」
勝手知ったるお隣さん。
おばさんもいないみたいで、奥からは譲くんの声が聴こえた。
「どうぞ、あがってください」
「おじゃましま〜す」
靴を脱ぎ、声の方に向かう。
台所に彼の姿はあった。
「いらっしゃい」
何か作っていたのだろう。
緑のチェック柄のエプロンで、彼は迎えてくれた。
女の私ですら、お嫁さんにしたい!と思ってしまうほど、それが良く似合っていた。
勧められるまま、ダイニングテーブルのイスに座る。
「先輩、これ良かったら食べてください」
「えっ?」
いつもの優しい微笑みと一緒に差し出されたのは、美味しそうなチョコレートだった。
「……いいの?」
何となく、確認を取ってしまう。
「もちろん」
譲くんが作るものは、すっごくおいしい。
了承をもらったのをいいことに、目の前のチョコをさっさと口に入れる。
「おいしい……!」
思ったとおり、それは本当に美味しかった。
口の中で、チョコレートがとろける。
甘さが広がり、お酒がほんの少しきいていて、何ともいえない感覚をもたらす。
「良かった。
先輩に喜んでもらえなかったら、どうしようかと思いましたよ」
ほんのり頬が染まっている。
うれしそうな彼を見ていると、こっちまでうれしくなってしまう。
「譲くんが作るもので美味しくないものなんてないよ♪」
言いながら、2個目を口に入れる。
チョコなのに、甘すぎないから、いくらでも入ってしまいそうだ。
「……それって……」
さっきよりも赤い顔をした譲くんがこちらを見ている。
「?」
口をもぐもぐさせながら、彼を見る。
「それって、『有川譲が作ったから』……ですか?
それとも、その……」
そこまで言うと、彼は黙り込んで目をそらしてしまった。
口の中に何もなくなってから、口を開く。
恥ずかしがり屋な、彼の声が聞こえたから。
「大好きな譲くんが、作ってくれたからだよ」
にっこりと微笑み、譲くんの瞳に映る。
「……まったく、先輩には敵いませんね」
彼も微笑みをかえしてくれる。
優しい、私の大好きな笑顔。
「ふふっ、だって先輩だもん」
彼の『先輩』っていう声は、特別な響きに聴こえてくる。
世界で一番大好きな人だから、かな……?
「あっ、これ私から」
ごそごそと鞄の中を探る。
この日のために作ったチョコレートを出す。
不器用ながらラッピングもしてみた。
「……これ、先輩が?」
「譲くんのチョコには負けちゃうけど」
えへっと笑ってみせる。
「そんなことはありませんよ。
望美先輩が作ってくれたんだから」
譲くんは優しくささやく。
「嬉しいです。
去年は家族でまとめてひとつだったのに」
「そ、それはそうだよ!」
「じゃあ去年は、先輩は俺のこと何とも思ってなかったんですね」
彼はついとそっぽを向いてしまう。
「ち、違うよ!
ただ一人だけ特別にしたらばれちゃうと思ったから!
て、あっ……」
思わず口をついてしまった言葉。
巻き戻しは出来ない。
「!?
先輩、今の言葉、本当なんですか?」
「う、うん」
恥ずかしくて、思わず瞳を伏せる。
「……俺はてっきり」
「てっきり?」
続きが気になったので、問いかけてみる。
「いえ、なんでもありません。
とにかく、先輩が同じ気持ちでいてくれたなんて。
思いもよらなかった」
照れたように笑う彼。
いつもの優しい笑顔とは少し違って、何だか大人っぽい。
見つめられると、胸がドキドキして苦しくなってくる。
傍に来られたら、心臓の音を聞かれてしまいそう。
「そ、そうかな」
やっとのことで、声を出す。
「ええ、そうですよ」
きっぱりと肯定されてしまう。
私って、そんなに顔に出ないのかな。
「うーん、だめだった?」
小首を傾げて訊いてみる。
すると、彼は赤かった頬を一層赤くして首を横に振った。
「まさか!
ただ、ちょっと信じられなかっただけですよ。
すごく嬉しいです。
……これも、バレンタインの魔法なのかな」
彼のロマンチックなセリフに、ドキドキはもっと早くなる。
「うん、そうだね」
照れ隠しに、私も笑ってみせた。
バレンタインデーは素敵な日。
年に一度、誰もが幸せになれるチャンスをもらえる日。
世界中の皆に、幸あらんことを――。