ハッピーメール

 それは、ある日のことだった。



「譲くん、携帯買ってもらったんだって?」
 いつの間にか、彼女は自分の目の前にいた。
「先輩、どこから入ってきたんですか?」
 譲は、少々呆れ顔で望美に言った。
「お庭から。
 だって、いい匂いがしたんだもん♪」
 そう言いながら、望美はテーブルの上のスコーンに手を伸ばしていた。
 幼なじみで、お隣さん。
 勝手知ったるなんとやら、庭伝いで一つ年上の少女はやってくる。
「出来たら呼ぼうと思っていたんですけど。
 ……手間が省けたと思っておきます」
 譲は盛大に溜息をついた。
 確かに台所に来るなら、庭から来たほうが早いが。
 目の前の少女は、すでに食べ始めていた。
 まったく、と思いながらも、その可愛らしい姿を独占できたことに喜びを感じる。

「やっぱり、譲くんの作ったものは美味しいね!」
 子どもみたいに笑う彼女に、自分もつられた。
「ありがとうございます」
 誰かに喜んでもらえるのはとても嬉しい。
 それが、自分の大好きな人だと尚更に。
「あっ、じゃなくて。
 譲くん、携帯買ったんでしょ?」
 スコーンを頬張りながら、望美は言った。
「あ、ええ。
 高校の入学祝いだって、うちの親が」
 譲は、慣れた手つきで紅茶を淹れる。
「番号教えて!
 もちろんメアドも」
「……あまり必要性がない気がするんですが」
 家も隣だし、付き合っているわけでもない。
 何か用があるなら、直接来たほうが早い。
 普段、家電だって使わないくらいなのに。

「うっ。
 それはそうなんだけど」
 望美は言葉に詰まった。
 一体、どうしたというのだろう。
 今だってこうやって気兼ねなく家に来ている。
 確かにメールや電話は便利だが……。

 こういう態度をされると、甘い期待をしてしまう。
 愚かだと分かっているにもかかわらず。

「スコーンだけじゃ喉が渇くでしょう。
 一緒にどうぞ」
「あ、ありがとう」
 ソーサーごと渡す。
 りんごの香りがほのかにする紅茶。
 少女が大好きな銘柄だ。
「と、とにかく教えて!
 ほら、何かあったとき用っていうか」
「はぁ」
「うんと、将臣君のも知ってるし!」
「…………分かりました。
 ちょっと待っててください。
 携帯、取りに行ってきます」
「あ、うん」
 譲は足早に自分の部屋に行く。

 『将臣君のも』その言葉に腹がたった。
 自分は、兄さんのついでなのか。
 あの人はただ、何となく番号を知りたかっただけなんだ。
 そう思ったら、急にむかついてきた。
 兄に、嫉妬した。


 机の上にあった携帯を引っつかむと、譲は望美の待つ台所へと向かった。





 その日の夜。
 譲はふと窓の外を見た。

 月が、高いところにいる。
「そろそろ寝るか」
 枕もとの目覚まし時計をセットしている、その時だった。
「?」
 まだ聞きなれない機械音が耳に入る。
 5秒くらいで切れたので、多分メールだろう。
「誰だ?」
 譲は携帯をパカッと開ける。
 画面には

 『Eメール 1件』の文字。

 慣れない手つきで、譲はそれを操作した。

 瞬間、笑みがもれた。
 嬉しさを隠し切ることが出来なくて、それを声にした。

「まったく、仕方のない人だな」

 呟きが部屋に広がる。
 譲は携帯を閉じ、机に置く。
 そして、布団にもぐりこんだ。

 意味がない。
 そう思っていた自分が、少し恥ずかしい。
 メールは、声に出せないことを相手に伝えられる。
 そして何より、形に残る。
 直接会って話したり、電話で話すのもいいが、こういうのもたまにはいい。
 ただの機械に、譲はほんの少し感謝しながら眠りについた。






 件:譲くんへ

 今日はおいしいスコーンありがとね!
 今度はクレープが食べたいな♪
 じゃ、おやすみなさい(^3^)-☆chu!!

                  BY望美

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