温もり

 命。
 それは温かくて、優しいもの。
 同時に、小さくて壊れやすくもある。


 ほんの少しの力でそれは形を失ってしまう。
 だから、そっと見守らなくてはいけない。
 ずっと、ずっと傍にいなくてはならない。
 壊れてしまわないように。
 失くなってしまわないように。
 愛情を注ぎながら。





「ねぇ、譲くん」
 すぐ横にいた彼女が、自分の名前を呼んだ。
 学校の帰り道。
 柔らかな風がすぐ側を通り過ぎた。
「何ですか、先輩」
 思わず顔が緩む。
 彼女に名前を呼ばれるのがすごく好きだ。
 幸せを実感できる。
 彼女も自分も、生きている証拠だから。


「ずっと、傍にいてくれる?」


 首を傾げて笑う彼女。
 その笑みが、いつになく寂しそうでドキッとした。
 肩から長い髪がさらりとこぼれる。
「ええ」
 当たり前のことを訊く。
 けれど、それが可愛らしいと思ってしまう。
「ずっと、ずーっとだよ?」
 彼女が自分の前に回りこむ。
 夕日を背に受けたその人が、とても眩しく見えた。


「もちろんです。
 絶対に離しません」


 自信たっぷりに宣言してみせる。
 これだけは、誰にも渡す気になれない。
「ふふっ、良かった」
 にこりと微笑む彼女。
 辺りが柔らかな空気に包まれる。
 彼女の持つ雰囲気が移ったのだと分かるのに、それほど時間はかからなかった。
「……先輩こそ」
 顔をそむけ、ぼそっと呟く。
「えっ?」
 訊き返された。
 仕方なく、譲は一つ息を吐いて続きを言う。


「先輩こそ、どこにも行かないでくださいね」


 もう、あんな思いはしたくない。
 あそこで、何度彼女を見失いそうになったか。
 目の前にいるはずなのに、消えてしまいそうなくらい儚げな存在。
 笑みはいつも寂しげで、見ているこっちが辛かった。
 神子。
 それはあまりにも神聖で、あまりにも朧げだった。

「うん!」
 満面の笑みを浮かべた彼女が、自分の手を握った。
 優しい温もりが伝わる。



 これは現実。
 夢ではない。
 彼女が、温かいから。

 譲は微笑んだまま、手をそっと握り返した。
 もう二度と離したくない。
 そう、思いながら。





 目の前で彼を失った望美。
 目の前で彼女を失いそうになった譲。
 そんな二人だからこそ、確認せずにはいられなくなる。
 互いの存在を。

 どんなに誓っても、どんなに祈っても、無駄になることはある。
 それを知らないほど子どもではない。
 ただ誠意が欲しいだけ。
 言葉が、欲しい。
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