トモダチ
「友だち、か」京邸の庭先で、譲は深い溜息をついた。
この世界に来て数ヶ月がたった。
譲は、慣れた手つきで庭の土をいじる。
春日先輩の、大好きな人が好きな花を植えるために。
見上げれば、空は青く、春らしい薄雲が棚引いている。
『春はあけぼの』そんな言葉が浮かんでくる。
譲はつい先日、望美が言った言葉を思い出していた。
彼女は自分の兄、将臣のことを心配していた。
「友だち」。
そう言っていた。
じゃあ、自分は一体彼女にとって何なんだろう?
そう考えていたら、自然と溜息が漏れていた。
友だちの弟、くらいなんだろうか?
「……」
譲はもう一度深く息をはく。
麗らかな陽気とは裏腹に、心はどんよりとしていた。
「譲くん!」
邸の方から自分を呼ぶ声が聞こえる。
「先輩!?」
そっちを見れば、明るく微笑む彼女の姿があった。
慌しく靴を履き、こっちに走り寄ってきた。
「私も、譲くんのお手伝いしてもいい?」
にっこりと笑って、望美は言った。
春の日差しみたいな温かな笑顔。
大好きな微笑みだ。
「大丈夫ですよ。
先輩は剣の稽古で疲れてるでしょう?
ゆっくりしててください」
こちらも笑みを返す。
先輩が、心配しないように。
「う、うん……」
納得できないといった感じで、望美は頷いた。
そして、溜息を一つついた。
「どうか、したんですか?」
明るく、元気な彼女の溜息はめずらしい。
だから、譲は訊いてみた。
「あ、いや、その。
将臣くん……大丈夫かなって」
無理に作られた笑顔に、胸がチクリと痛んだ。
ああ、この人は本当に兄さんが心配なんだ。
そう、思い知らされた。
彼女にこんな顔をさせる兄が一瞬憎らしく思えてきた。
「……兄さんなら、大丈夫ですよ」
視線を彼女から逸らし、土いじりを再開する。
「う〜ん、確かにそうかもしれないね」
どうして、自分じゃ駄目なんだ?
どうして、彼女は兄さんを心配する?
どうして、どうして……。
譲は、暗い思考を断ち切るために首を横に振った。
「譲くん?」
無邪気な彼女は、不思議そうに名を呼んだ。
「先輩は……」
「えっ?」
「先輩は、俺と兄さんが逆の立場だったとしても、
同じように心配してくれましたか?」
愚問だって分かっていた。
訊いたって仕方のないことだって知っていた。
彼女は優しいから、うんと答える。
そんな決まりきった答えでも、今は欲しかった。
「どうしたの、急に?」
こんなみじめで、醜い感情を知らない彼女。
清らかで、優しい存在はきっと、首を傾げているのだろう。
恥ずかしくて、顔なんて上げられない。
「……いえ、何でもありません。
その、忘れてください」
「変な譲くん。
もちろん心配するよ!
だって、二人とも大切なお友だちだもん!!」
その言葉に、思わず顔を上げてしまった。
目の前には満面の笑み。
無理矢理ではない、彼女の本当の笑顔がそこにあった。
「そう、ですね」
やっとのことでそれだけ言うと、譲はにこりと笑った。
今は同じ。
俺と兄さんは同列にいる。
勝負はこれからで、まだまだ諦めるわけにはいかなそうだ。
そう、俺の戦いはこれから始まる。