ぷれぜんと

「こんにちはー!」

 日曜日の昼下がり。
 元気な声が家中に響き渡る。

 当たり前の生活。
 当たり前に聞こえてくる声。

 それが嬉しくて、譲は思わず微笑んだ。

「ゆずるくーん、いる?」
「台所ですよ、先輩!」
 声の主に譲は声をかけた。
 足音が近づいてくる。

「いた!
 良かった〜」

 台所と廊下をつなぐドアから、見知った顔がのぞく。
 春日望美。
 一つ上の幼なじみで、俺の好きな人。

「いらっしゃい、先輩」
 譲は、少女に笑いかける。
「お邪魔してます。
 あれ、みんなまだ来てないの?」
「ええ。
 夕方には来るって言ってましたよ」
「そうなんだ。
 みんなでお誕生日パーティなんて、何か嬉しいね!」
 にこにこと少女も笑っている。
 無邪気な笑顔がすごく魅力的だ。
「そう、ですね」
「ところで譲くん何してたの?」
 彼女は小首を傾げる。

「今ちょうどケーキを焼いてたところですよ」
「ケーキ!?
 今年も譲くんが作ってるんだ」
 望美の瞳はキラキラと輝いている。
 どうぞ、と望美にイスを勧める。
「ええ。
 今年は人数も多いから、買って済まそうと思ったんですけど。
 兄さんが俺の焼いたケーキ以外は食べないとか言ったから」
 全く迷惑な話です、と言いながら譲は苦笑した。
「将臣くんの気持ち分かるな〜。
 だって、譲くんの作るケーキが世界で一番おいしいもん!」
 少女はテーブルに両肘をつきながら、嬉しそうに言い切った。

「そう、ですか?」

 冷蔵庫を開け、保冷筒を取り出す。
 ガラスのコップにキンキンに冷えた麦茶を注ぎ入れる。
「うん!
 私が保証するよ♪」
 まるで自分のことのように話す彼女。
 それが嬉しくて、譲は口元を緩ませた。
「お世辞でも嬉しいですよ」
 そう言いながら、譲はコップを差し出した。
「お世辞じゃないよ〜!
 本当だからね」
 未だ豆の痕が残る手が、冷たいそれを受け取る。

 見ていると胸が痛む。
 彼女が人一倍努力していた証。
 自分の知らない春日望美がそこには存在していた。
 もっと力があったら……。
 帰ってきた今でもそう思う。

「譲くん?」
 拳に、冷たい指先が触れる。
 そこで初めて、自分が手を握り締めていたことに気がついた。
「あ、いえ。
 何でもないんです」
 心配そうにのぞく瞳を見つめ返す。
 優しい、温かな眼差し。
「本当?」
「はい。
 すみません」
 譲は笑って答えた。
「なら、いいんだけど」
 彼女も微かに笑みを浮かべた。


 駄目だな。
 どうしてこう、上手くいかないんだろう。
 彼女を困らせたくないのに。
 彼女に心配をかけさせたくないのに。
 いつもこうなってしまう。
 こんなにも大好きで。
 こんなにも愛しい人。
 だからこそ、この手で守り通したいと思うのに。


 譲は気づかれないように、そっと息をついた。

「そういえば、先輩。
 何か用事があったんですか?」
「えっ!?」
「いつも遅刻ぎりぎりの先輩がこんなに早く来るなんて」
 わざと話題をすりかえる。
「えーっと。
 あ、そうだった。
 プレゼント、渡しに来たの!」
 一つ上の幼なじみは、言葉を濁す。
「?
 それだったら皆と一緒で良かったんじゃないんですか?」
「う、うん。
 そうなんだけど……でもそれじゃ駄目なの」
 明らかに様子がおかしい。
 譲は思わず首を傾げた。
「あのね、ちょっとかがんでくれる?」
 イスに座っている彼女が、手招きをする。
「いいですよ」
 何がしたいのか全然分からなかったが、とりあえず言う通りにしてみよう。
 譲は腰をかがめた。

 彼女の顔の辺りに、自分の顔が近づいた時、予想もしていなかった感覚が伝わった。

「……!」

 驚きで譲は顔を上げた。
「せ、せん……ぱい?」
 やっと言えたのは、そんな言葉だった。

 信じられない感覚。
 それはほんの一瞬のこと。
 頬に温かなものが触れた。
 まるで、羽が頬をくすぐったような感触。
 柔らかくて、温かくて。
 なんとも言えない衝撃が体中を駆け抜けた。

「えっと……。
 私、譲くんのこと、すき……です」

 うつむいた少女が、呟く。
 夢にまで見た甘やかな言葉。
 それが今、自分の前に存在した。
 あまりにも唐突に。

「ほ……んとう、ですか?」

 我ながら情けない言葉だと思う。
 けど、これしか出てこない。
 心臓が早鐘を打って、押さえがきかない。
 どうしようもないくらい、目の前の少女が愛しくて。


 こくん。


 音を紡ぐかわりに、首が縦に振られた。
 まるでスローモーションみたいに、彼女の髪が揺れる。

「先輩」

 焦る気持ちを精一杯抑えて、彼女を呼んだ。
 ゆったりとした動作で、愛しい人が自分を仰ぐ。
 視線を合わせるため、床に膝をつく。


「俺も、先輩のことが大好きですよ」


 潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめながら、譲は言った。




「私、嘘つかなかったでしょ?」

 上目遣いで少女がこちらを覗き込む。
 心臓が、一瞬跳ね上がる。

「え?」
「来年は期待しててねって、やつ」
「そう、ですね」
「これじゃ不満?」

 不安そうに訊く少女。
 まさか、と言って微笑みかける。
 そんなこと、あるはずない。

「いえ、最高のプレゼントですよ」

 譲はそっと頬に手を当てた。




 二人の物語は、まだまだ始まったばかり――。
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