ハッピーハロウィン

「トリック・オア・トリート!」


 一つ年上の幼なじみが言った言葉は、懐かしい世界の言葉だった。
「先輩?」
 突然のことに、譲は首を傾げた。
「う〜ん、やっぱりお菓子は駄目か」
 目の前の少女は、しょんぼりとした様子を見せた。
 彼女の行動の意味を考えながら、譲は問いかけた。
「急にどうしたんですか?」
「ほら、今日はハロウィンでしょ。
 だから、ちょっと言ってみただけなんだけど……」
 髪をかきあげて、少女が笑う。
 ごめんね、と呟いて。

「ああ、そういえばそうでしたね。
 こっちにいるから、あまり意識していませんでした」
 異世界に来てからというもの、あまり日付の感覚がなかった。
 だから、『ハロウィン』というお祭りもすっかり忘れていた。
 元々、あっちの世界でもそれほど騒がれていなかった祭りだったし……。

「だよね〜。
 ううん、作戦失敗」
 大げさに溜息をついた彼女の姿が、可愛らしかった。
 譲は、思わず声をもらした。
 お菓子が食べたかったと言う、幼い少女。
 そういう無邪気なところは、好きになったところの一つ。
「あ、今笑ったでしょ譲くん!」
 むーっと顔をふくらませる幼なじみに、譲は微笑みをかえした。
「すみません、つい。
 ところで、また蜂蜜プリンを作ってみたんですけど食べますか?」

「え、本当!?」
 ぱっと表情が一変する。
 食べ物につられる傾向にある愛しい人に、苦笑する。
「ええ。
 イタズラは勘弁してほしいですから」
 ハロウィン用に作ったものではなかったけど、この人のためであることは変わらない。
 魅力的な表情をたくさん持っている、彼女のためということは。
「わーい♪
 食べるよ、もちろん!
 今日は、ハッピーハロウィンだね」
 にっこりと微笑んだ少女に、譲は答えた。
「そうですね」




 運命の瞬間が確実に近づいてきている。
 そんな日々の、たった一時。
 二人は、笑い合っていた。
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