おめでとう
日曜日の午後。有川家のリビングには、いつもの三人が座っていた。
理由は簡単。
今日が譲の誕生日だからだった。
買出しに行った両親の帰りを待ちながら、三人はお喋りをしていた。
「誕生日おめでとう譲くん!」
「ありがとうございます、先輩」
満面の笑みで言われる『おめでとう』は、どんなプレゼントよりも嬉しかった。
譲にとっては、これが毎年の楽しみになっていた。
「おいおい、俺の時と随分態度が違うんじゃねぇか、譲」
茶化されて、むっとした表情をする。
言わなくてもいいことを言う兄に、微かに苛立ちを覚える。
「そんなこと……」
「はいはい、喧嘩はやめてね!
今日はおめでたいんだから。ね?」
一つ年上の幼なじみは、交互に二人の顔を見つめる。
姉のような
譲は素直に頷く。
続いて、兄も返事をした。
「あ、おばさんたち帰ってきた」
その声は、ドアを開ける音とほぼ同時だった。
荷物運びを手伝おうと立ち上がった瞬間、兄に視界を遮られる。
驚いて見上げると、将臣は笑って言った。
「譲はいいから座っとけよ」
「でも……」
「今日はお前の誕生日なんだぞ。な?」
「あ、ああ」
まるで声に押し戻されたみたいだった。
仕方なく、譲は椅子に座りなおす。
こういう時だけ、将臣は兄になる。
たった一つの歳の差は、やはり大きいと思い知ってしまう。
「よし」
満足そうに頷いた兄は、そのまま玄関に歩いていった。
「買いすぎだぜこれ!」
くぐもって聞こえた声を聞いて、譲はそっと息を吐く。
「えへへ、何だか楽しみだね」
「ええ、そうですね」
隣に座る幼なじみの笑顔がすぐ傍にある。
鼓動が早くなっていくには、充分すぎる理由だった。
一言分でも二人きりでいられる。
それが嬉しいと思った。
「来年も再来年も、ずーっとこうやってお祝いしようね!」
「……はい」
母さんがいて、父さんがいて、兄さんがいて。
そして、春日先輩がいる。
絵を描いたように幸せで、温かい場所がそこにはあった。
永遠なんてあるはずがない。
ずっとなんて無理に決まってる。
そんな風に思ったけど、俺は言葉を飲みこんだ。
ずっとという言葉が嬉しかった。
いつかは忘れられてしまう約束でも、その気持ちが嬉しかった。
だからあの時、俺は頷いた。
***
「譲くん、起きて」
軽く揺り動かされて、譲は目を瞬かせる。
「ん……先輩?」
ぼやける視界の中で、次第に輪郭が定まっていく。
声が、はっきりと頭に響く。
目をこすり、定まらない焦点を合わせようとする。
「うん、私だよ。
大丈夫、起きられる?」
心配そうな声に、譲ははっとする。
そこで、今まで見ていたことが夢だったことを思い出す。
ここは異世界で、今は熊野に来ていること。
自分は昼寝をしていたことを。
「あ、はい!」
慌てて起き上がり、近くにあったメガネをかける。
クリアになった視界の先にいたのは、嬉しそうに笑う幼なじみだった。
一瞬、鼓動が跳ね上がるのを感じた。
「良かった。
あのね、パーティーの用意ができてるんだ」
「パーティー……ですか?」
「うん!
今日は譲くんの誕生日でしょ?
だから、みんなで用意したんだ!」
満足そうに笑う彼女の姿は、夢で見た笑顔と一緒だった。
「誕生日……。
そういえば、すっかり忘れてました」
だからなのか、今日は懐かしい夢を見た。
去年、両親と兄と先輩と祝った日のことを。
偶然とはいえ、これも一つの予知だったのかもしれない。
そう考えると、星の一族というのもあながち嘘じゃないのかもしれない。
ふと、譲はそんなことを思った。
「だと思った。
じゃあ顔洗ってから、みんなの所に行こう!」
楽しそうに笑う彼女を見られて、譲は幸せな気分になった。
夢の中だけでなく、ここにも彼女はいて、笑っている。
嬉しい事実に、自然と頬が緩む。
「そうですね」
一つ返事をすると、望美が裾を軽く引っ張る。
「早くしないと、将臣くんに食べられちゃうよ」
まるで夢の続きでも見ているような気がして、譲は微苦笑した。
手早く洗顔を済ませると、譲は望美と共にパーティー会場に歩き出した。
こっちだよ、という声に導かれながら。
「あのね、譲くん」
先を歩いていた望美がふと振り返る。
これから悪戯をする子どものような表情に、笑ってしまいそうになる。
彼女の表情は語っていた。
ちゃんと驚いてね、と。
「何ですか?」
譲はこれから発せられる言葉を想像する。
どんなことでも、彼女から伝えられるものは嬉しい。
期待に胸を膨らませて、譲は続きを待った。
「お誕生日おめでとう。
今年も一年よろしくね!」
ふいをつかれた祝いの言葉に、譲は一瞬目を見開いた。
カレンダーすらないこの異世界で、聴くことなどないと思っていた。
おめでとう。
毎年の楽しみを、今年は諦めていた。
けれど、目の前にいる幼なじみは不可能を可能にしてくれた。
「ありがとうございます」
感謝してもしきれない。
それでも、譲は『ありがとう』を声にのせる。
無理かもしれない。
駄目かもしれない。
何度もくじけそうになった時、この人がいてくれた。
そして、これからも。
少なくとも一年は傍にいられる。
譲は、その事実が嬉しかった。
たくさんの『おめでとう』を貰いながら、少年は思う。
今年も、来年も、その先も。
この笑顔を見ていたい。
ずっとずっと、一緒にいたい。
この人との約束を。
この温かい場所を、守りたい。
そう、思っていた。