夜更けの逢瀬
「……」心地よく眠っていたところを、風の音が邪魔をした。
勢い良く吹く風は、音を立て、静かな空間を切り裂くように荒れる。
曹子桓は、まだ少し眠たい目をこすりながらも、横の妻に視線を移した。
妻は、すやすやと寝息をたて、夢の世界の住人となっていた。
麗しい。
そんな当たり前のことを考える。
いや、自然と思ってしまうのだ。
何しろ、我が妻甄姫は「傾国の美女」
その肌は玉のように美しいと賞されるほどの女人なのだ。
今となっては、彼女の肌がすべらかなのを知っているのは私ただ一人。
その優越感がたまらない。
曹丕はそっと手を伸ばし、寝所にばらまかれた髪に触れる。
艶やかで、腰のある髪だ。
よく手入れされた髪からは、ほのかに甘い香りがする。
誘われるように、曹丕は髪に口づけを落とす。
もう、風の音など耳に入らない。
今、自分を支配するのは甘やかな香りと静かな寝息だけ。
「我が君……?」
けだるそうな声。
まだ半分夢心地なのだろう。
「ふっ。
起きたのか」
「……何をなさってましたの?」
問いを問いで返される。
「そなたに見惚れていた」
気にすることなく、曹丕は真実を述べる。
心のままに音を紡ぐ。
「まあ……。
誉めても何も出ませんわよ」
甄姫は控えめに笑う。
「なら、勝手にもらうまで」
少しだけ上体を起こす。
彼女までの距離はほとんどない。
冷徹な男は、無言で女人の瞳を瞑らせる。
軽く唇を重ねる。
瞳を伏せている麗しの妻を見つめながら。
「無粋な方」
睫毛が微かに震え、そっと目が開かれる。
意思の強そうな瞳は、こちらを見つめ、一言だけささやく。
言葉とは裏腹に、微笑をたたえていた。
誰もが虜にならずにはいられない微笑み。
月よりも冴え冴えとし、花よりも麗しい。
「元より私はそうだ。
嫌ではなかろう?」
嫌悪感など覚えるはずがない。
皇帝である私からの口づけなのだから。
「さあ、どうでしょう」
なおもくすくすと笑う甄姫。
彼女は一体、どれ程魅力を持っているというのだろう。
こんなにも美しいのに、飽きることなど出来ない。
愛おしい妻は、天の落し物なのだろう。
だからこそ、飽きることは許されないのだ。
「もう少し、眠るとするか」
自嘲気味な笑みを称えながら、甄姫を引き寄せる。
温もりが自分を包む。
「ええ、ご一緒させてくださいね」
胸に顔を埋めながら、幼な子がおねだりでもするように。
「無論。
ともに夢路へと参る、か」
自分らしくもなく、嬉しいと感じてしまう。
けれど、それは声に出さずにそっと目を閉じた。
夢の中でも逢瀬が叶うようにと、願いながら。