甘いひととき
それは、心地よい春の日差しの下。清らかな風をその身に受け、青年は東屋に腰を落ち着ける。
曹魏の次代を担うであろう男は、甘い菓子を食べながら詩作にふけっていた。
あまり長くは続かない安らかな時間。
それを有効に使おうと、少しばかりの贅沢に酔っていた。
竹簡にすらすらと文字を並べる。
何となく、思ったままを綴る。
こういう無駄とも思える時間を過ごすのが、曹丕は好きだった。
「何をなさってますの?」
急に声をかけられた。
珍しく人の気配に気がつかなかった。
いや、この人物だからこそ気がつかなかったというべきか。
筆を置き、そちらを仰いだ。
「甄か……」
曹丕は口元に笑みをはいた。
相も変わらず、その麗しさは衰えることを知らない。
いつ見ても美しい女だ。
「私ではご不満でした?」
甄姫は、艶やかな笑みを浮かべる。
「いや、そんなはずはなかろう」
彼女の瞳をとらえる。
意志の強い瞳が、負けじと見つめ返してくる。
いじらしいものだ。
「また甘いものを食べていましたの?」
視線が菓子の方に向く。
自然と、自分もそれを追う。
「ああ。
こういう時でしか食べられないからな」
そう言って、曹丕は一つ口にくわえた。
戦場に出てしまうと、食べたいものは簡単に手に入らない。
甘いものなどほとんど全滅だ。
兵糧を確保するだけでも大変なのだから。
「そんなにたくさん食べていたら、体全部が甘くなってしまいますわよ」
甄姫が呆れたようにこちらを見る。
「ふっ。
ならためしてみるか?」
口元に笑みを称えたまま、曹丕は甄姫の腕を引いた。
均衡を崩し、その体は傾ぐ。
それをいいことに彼女の唇を掠めとった。
柔らかな感触が自分を支配する。
欲に翻弄されぬよう、ほんの一瞬だけそれを味わった。
「どうだ?」
意地悪の悪い問いだと分かっていて、曹丕は訊いた。
ゆっくりと体勢を直し、甄姫は答える。
「……さあどうでしょう。
これだけでは分かりませんわ」
絶世の美貌を持った女は、妖艶に笑ってみせる。
その様子が憎らしくもあり、愛おしくもある。
「素直でないな」
肘をつき、仰ぐ。
それは天上の者とも違わぬ笑み。
頬に手を伸ばす。
緩やかな弧を描くそれを、指でなぞる。
「飾り物をお望みですか?」
楽の音のような声が心地よく響く。
このまま永遠に聴いていたいと思う。
「いや、それでこそ私の妻だ」
曹丕はふっと笑みを漏らした。
妻を見ると思わずにはいられない。
自分は今まで『生きてきた』のではなく『生かされていた』。
何かを欲したことも、望んだこともなかった。
全て、どうでも良かった。
なるようになれば良いと思っていた。
興味など、当の昔に失くしたから……。
けれど、今は違う。
たった一人の女のために生きたいと切に願う。
いるかもわからぬ神に、祈りをささげても良いと思う。
生にしがみつくことが、許されるなら――。