雪上の世界

 天から真白なものが降ってきた。
 いつの年も繰り返される、当然の事象。
 北方の大地に住まう曹丕にとって、それはあまりにも当たり前すぎた。
 しんしんと降り積もる塊は、全ての色を奪う。
 その様子を、曹丕はじっと眺めていた。

「我が君?」

 ふいにかけられた声に、青年は振り返った。
「甄か。
 どうした?」
 欄干に手をついたまま、曹丕は問いかけた。
 今生の何よりも美しい女人が、近くに寄る。
 ちょうど一歩分の距離をおいて。
 花のような甘い香りが、青年の鼻をくすぐる。

「我が君こそ。
 何か考えていましたの?」
 問いを問いで返された。
 けれど、不思議と不快には思わなかった。
「いや。
 そなたと見る雪は初めてだな」
 口元に笑みをはいて、曹丕は答える。
 言葉はなく、飴色の瞳がわずかに細められた。
 曹丕の声だけが空気に溶ける。
 目の前の佳人は、よく知っていた。
 何かを伝える手段は、言葉だけではないことを。
 
 視線をそっと園林に移す。
 そこには、先ほどと変わらない寒々しい風景が広がっていた。
 

「不思議だな。
 そなたがいるだけで、美しい光景だと思える」

 ただ白いだけの地面が、今は白銀の絹糸を並べたように輝いて見える。
 木々に積もった雪すら煌いて見える。
 色のなかった景色は、気がつけば華を備えていた。
「まあ、それは光栄ですわ」
 鈴を転がすような声で、甄姫が笑う。
 その心地良さに、曹丕は酔いしれた。

 二人で過ごす時間は、何物にもかえ難い。
 詩を作ることよりも、孫子を覚えることよりも。
 今こうして彼女と共にいる時間が、愛おしい。
 味わったことのない、甘美なる誘惑を曹丕は感じていた。

「甄は私に色を与えてくれる」
 もう一度、妻の方を見る。
 表情からは、喜びだけが感じ取れる。
 心地良い感覚に、笑みがこぼれる。

「我が君はすでに、色をお持ちですわ」

 艶やかな笑みを浮かべ、甄姫がこちらに一歩近づく。
 空いていた距離は、なくなった。
「甄?」
 芳香が一層強くなる。
 ただ笑ったまま、佳人がこちらの手を取った。
 微かな温もりが伝わってくる。
  

「私と言う名の色を、すでにお持ちでしょう?」


 声はどんな管弦の音よりも麗しく。
 見上げる瞳はどこまでも優しかった。
「ああ、そうだな」
 微笑んで、曹丕はその手を優しく包んだ。



 静かに降る雪だけが知る、蜜月の二人。

12月10日「丕甄祭り2企画会議!」ということで、
一砂さまのサイトでの絵チャで、即興SSをやったものに加筆してみました。
元の文章はコチラですv

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